【2-2】ステータスを確認しました①
焚き火の火が静かに揺れていた。
夜風が木々を鳴らし、草の香りが微かに漂う。
昼の騒がしさが嘘みたいに、森の中はしんと静まり返っている。
そんな中――うららが、尻尾をゆらゆら揺らしながら顔を上げた。
「ところで、ご主人〜」
「ん? なんだ、うらら」
「ステータス、もう見ました?」
「……ステータス?」
思わず聞き返す。
どこかで聞いたことがある単語だ。ゲームとかでよく出てくるやつだ。
「はい。自分の“力”とか“スキル”が見えるやつですよ〜」
「そんなの、この世界で本当に見られるのか?」
「見られますよ〜。やり方も簡単ですっ!」
うららはにっこり笑って、両手を前に出した。
「こうやって……“ステータス・オープン”って唱えるだけです!」
その瞬間、ぱあっと光が広がる。
淡い金色の粒子が舞い、彼女の前に半透明のパネルが浮かび上がった。
文字が並び、数値がずらりと並んでいく。
「……おお、マジか……!」
現実離れした光景に、息を呑む。
そこに表示された内容は――
⸻
名前:うらら
種族:猫人族
レベル:83
属性:聖・光
HP:2000
MP:2800
筋力:210
敏捷:240
耐久:260
精神力:420
スキル:《聖光癒》《光輪結界》《慈悲の祈り》
加護:《聖獣の恩寵》
──女神直属の守護加護。
死者を蘇生できるほどの癒しと、全状態異常の完全無効化。
特性:
・【無垢の心】闇属性攻撃を自動軽減。
・【癒しの香気】同エリア味方のHPを毎秒回復。
⸻
「………………え?」
思わず二度見した。
数字が――高すぎる。
というか、桁が違う。
「どうですか? 私、強くなりましたか〜?」
うららがふわりと微笑む。
その笑顔が神々しく見えて、言葉が出ない。
「つ、強いなんてもんじゃねぇ……これ、チート級だろ……」
「ちーと?」
「あー、いや……とにかく、めちゃくちゃすごいってことだ」
焚き火の光が、うららの銀の髪を照らす。
癒しの女神――その言葉がぴったりだった。
(……これが、俺の猫だったのか……)
毎晩、膝の上でゴロゴロしてたうらら。
その彼女が今、光の加護を持つ存在になっている。
驚きと、少しの誇らしさが胸をくすぐった。
「じゃあ、ご主人のも見てみましょう!」
うららがぱあっと笑う。
「えっ、俺の?」
「はいっ! ご主人も召喚されたんですから、スキルとか加護とか絶対ありますよ!」
その言葉に、胸の奥で希望が灯る。
(……そうだ。神様が言ってた。“スキルと加護を与える”って)
異世界召喚あるあるの“スタートボーナス”。
今度こそ、俺のターンだ。
「ステータス・オープン!」
光の板が目の前に浮かび上がる。
……が。
⸻
名前:相沢亮(ご主人)
種族:人間
レベル:1
HP:180
MP:0
筋力:35
敏捷:28
耐久:90
精神力:300
スキル:なし
加護:
特性:
・【社畜魂】精神ダメージを99%軽減。
・【諦めの境地】絶望状態にならない。
・【異常な幸運】致命傷をよくギリギリで避ける。
⸻
「……………………」
「……えっと……」
うららが、何か言おうとして口をつぐむ。
「いやいやいや、ちょっと待て。俺、スキル……ない?」
パネルを二度見して、思わず目をこすった。
「おかしいだろこれ! 加護もなし!? MPゼロ!? おかしくね!?」
「……ね、ねえ、もしかして――」
コハルが腕を組んで眉をひそめる。
「アンタ、ヒゲモジャに何ももらってないの?」
「ヒゲモジャ? ああ……神様っぽい声の人?」
「人っていうか……ヒゲのもじゃもじゃした神様よ」
「え、神様って、あの光の中の声のことだよな?」
「声だけ? 姿は見なかったの?」
「見てねぇよ! なんか“お主達は選ばれた”とか、“猫人族にしてやる”とか言ってて……」
「猫人族……あー……」
コハルが額を押さえて、ため息をつく。
「それ、アンタじゃなくて、あたしたちのことだわ」
「え?」
「だって、“お主”って言ってたでしょ? “ら”がついてたでしょ?」
「……あ、確かに……」
「つまり、神様が話してたのは――あたしたち猫に向けて、よ」
コハルの言葉に、頭の中が一瞬真っ白になった。
「で、でも“スキルと加護を与える”って!」
「それも私たちに」
うららが静かに微笑む。
「神様は、ちゃんと姿を見せてくださいましたよ。
“あなたたちに人の体を与えよう”って言って、
スキルと加護を授けてくれたんです」
「私、その時に“おじさん優しそうだなぁ”って思いました〜」
チャチャがのんびりと尻尾を揺らす。
「…………」
俺は、焚き火の火を見つめながら項垂れた。
「……つまり俺、ただ“通信の電波”拾ってただけってことか?」
「まぁ、そんな感じね」
コハルがあっさり言う。
「……加護も……スキルも……なし……」
「“社畜魂”とか“諦めの境地”は、スキルってより人生の経験値ね」
「うるさい……」
焚き火の火が、やけに哀しく見えた。
(俺……勇者どころか、もはやおまけ召喚じゃねぇか……)