【3-6】町の人たちに感謝されました
丘を下り、町の門が見えた瞬間――
そこには昨日とはまるで違う光景が広がっていた。
破られていた倉庫の扉は修復され、
通りには笑い声が戻っている。
あのチューチュー地獄が嘘みたいだった。
「……すげぇ。もうこんなに片付いてるのか」
「ね〜! みんな顔が明るいですよ〜」
うららが嬉しそうに手を振る。
すれ違った子どもたちが笑顔で「ありがとー!」と叫びながら駆けていく。
「まったく、昨日はネズミだらけだったのにね」
コハルが呆れたように言いながらも、尻尾がほんの少し誇らしげに揺れていた。
「でも、みんな“子ノ神様が戻られた”って言ってますね〜」
チャチャが耳をぴくぴく動かしながら微笑む。
(ああ……そうか。守り神が戻ったんだもんな)
胸の奥がじんわりと温かくなった。
自分は何もしていない。けど――あの光景を見れば、救われたって実感がわく。
そんな中、通りの奥から白い髭の老人が駆け寄ってきた。
「おお! おぬしたちか! 本当にありがとう!」
「えっ……あ、あなたは?」
「わしはこの町の町長をしておる。
皆を代表して、お礼を言わせてもらう。」
老人は深く頭を下げた。
その背中には、長くこの町を守ってきた者の重みがあった。
「子ノ神様の加護が戻り、ネズミどもも跡形もなく消えおった!
町の者は皆、おぬしたちに感謝しておる!」
「いや、そんな……俺たちはただ――」
「照れなくていいですよ、ご主人!」
うららがニコッと笑って背中を押す。
「そうそう、たまには褒められてもいいじゃない」
コハルが腕を組み、どこか満足げに頷いた。
「……おぬしらのような若者たちが、この町を救ってくれるとはのう」
老人はそう言いながら、布袋を差し出した。
中には銀色の硬貨がいくつか入っている。
「これは感謝のしるしじゃ。受け取ってくれ」
「え、いや、そんな……」
俺は戸惑った。けど――正直、ありがたい。
この世界のお金なんて一枚も持ってなかったからだ。
「ほら、ご主人。これは“正当な報酬”ですよ」
うららがそっと俺の手を包むようにして袋を押し戻す。
その笑顔はやさしくて、まるで光みたいだった。
「……あんた、こういうときは素直に喜びなさいよ」
コハルがそっぽを向きながらぼそりと呟く。
「下僕が少しは役に立ったわね」
「お前な……“下僕”って単語、そろそろ卒業しない?」
「気に入ってるのよ。響きがいいでしょ」
「どんなセンスだよ……!」
チャチャがくすくす笑いながら、俺たちのやり取りを見ていた。
その穏やかな笑顔に、なんだか肩の力が抜けた気がした。
――そして、通りの人々が俺たちを囲むように集まってきた。
パン屋のおばちゃん、子どもを抱いた母親、商人風の男。
誰もが口々に「ありがとう」「助かった」と言葉をくれる。
「すげぇ……本当に救世主扱いだな……」
「ご主人、救世主ですよ〜!」
「いやいやいや、俺はただのサラリーマンだから!」
そんな俺の叫びに、みんな笑い声をあげる。
久しぶりに感じる――“平和な空気”。
老人が咳払いをひとつして言った。
「おぬしたちの宿を用意しておいた。昨晩は森で夜を明かしたのじゃろう?
今日は存分に休むがよい。」
「宿!? やったぁ〜!」
うららとチャチャがぴょんと跳ねた。
対してコハルは、そっけなく頷きながらも尻尾がブンブン動いていた。
(あいつ……絶対うれしいんだろ)
俺は苦笑しつつ、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」
「ふぉっふぉ。子ノ神様も、きっとおぬしたちを見守っておるじゃろう」
通りの向こう、柔らかい日差しが宿屋の看板を照らしていた。
新しい一日が、少しだけ――あたたかく感じた。