【3-5】絆の環を授かりました
夜が明けた。
戦いの熱気も、風のざわめきも、もう遠い。
丘の上には、静かな朝の光が降り注いでいた。
子ノ神の白い毛並みが朝日に照らされ、まるで綿のようにふかふかして見える。
「……なあ、ちょっといいか?」
『……は?』
「いや、その……神様の毛並みって、どんなもんなのかなって……」
無言。
だが、俺の手はもう動いていた。
指先がふわりと沈み――
あたたかい。まるで湯気を含んだ雲に触れているみたいだ。
毛先が静電気みたいにさらさらと指をくすぐる。
「……うおぉ、なにこれ……すっっっげぇもふもふ……!」
『ひゃあっ!? や、やめぬか! こ、こそばゆいであろう!!』
子ノ神がバタバタともがく。
「……アンタさぁ」
背後から、低い声。
振り向けば、コハルが尻尾をブンブン振っていた。
「よりによってネズミ相手に“もふもふ”とか、どういう趣味してんのよ」
「え、ち、違うって! これは、その……純粋な興味で!」
「ご主人、浮気です」
チャチャが笑顔でさらっと刺してくる。
「ひどいです……わたしたちがいるのに……」
うららが目を潤ませてる。
「お、おい!? なんでそうなる!?」
『……ほんとにこやつらで大丈夫なのだろうか……?』
子ノ神の呟きが、朝の森に静かに溶けていった。
祭壇を後にしようとした、そのときだった――。
背後から、低く穏やかな声が響いた。
『……待て。』
振り向くと、子ノ神が半身を起こしてこちらを見ていた。
その赤みを帯びた瞳が、どこか照れくさそうに揺れている。
『……撫でられるというのは……良いものだな。』
少し間をおいて、ぽつりと続けた。
『我に、あのようなことをしたのは……お主が初めてだ。』
「……え?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
だが、うららとチャチャがぱあっと顔を輝かせる。
「でしょ!? ご主人のナデテク、すごいんですよ!」
「うんうん、手がすっごくあたたかいの〜」
「……あたたかいっていうか、寝落ちするほど気持ちいいのよね」
コホン、とコハルが視線をそらす。
「おい!? なに勝手に俺の撫で方をプレゼンしてんの!?」
「だって事実だし」
「たまに、度が過ぎる時あるけどね〜」
「チャチャ! 余計なこと言うなぁ!!」
子ノ神はそのやり取りを見て、喉の奥でくつくつと笑った。
『……ふむ。お主は三人から、よい信頼を得ておるようだな。
ならば――我もお主を信じてみよう。』
「えっ、それってもしかして……!」
胸が高鳴る。
ついに――俺にも“加護”が!
『我が力の一端を、お主に授けよう。』
「マジか!! やっと俺のターンきたぁぁ!」
『……だが。』
「だが!?」
『お主、魔力がまったく無いであろう。体に直接宿すのは無理じゃな。』
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
希望を一瞬で叩き割る神の声。
俺はその場で崩れ落ちた。
『……ふむ?』
子ノ神が俺の胸ポケットに目をやる。
その瞳が細く光った。
『……おお、それは……良いものを持っておるではないか。』
「え? ポケット? ……これか?」
取り出してみると、見覚えのない数珠が手の中にあった。
十二個の珠が連なり、どれも曇った灰色をしている。
「なんだこれ……いつの間に……?」
『それは“聖珠連環”。
十二の聖獣の力を繋ぐ“絆の環”じゃ。』
「絆の……環?」
『お主は魔力を持たぬが、その代わり――
聖獣たちの加護を受け止める“器”なのだろう。』
「……器、ね。なんか聞こえはいいけど、要は入れ物ってことか?」
子ノ神の掌が淡く光る。
白銀の輝きが、数珠のひとつに吸い込まれていく。
『我が加護の一端を、その珠に宿そう。』
珠のひとつが柔らかく光を放ち、まるで息を吹き返すように輝く。
「おお……! やった、これで俺にも……!」
興奮しながら、俺は即座に叫んだ。
「ステータス・オープン!」
光の板が目の前に浮かび上がる。
だが――
⸻
名前:相沢亮(ご主人)
種族:人間
レベル:1
スキル:なし
加護:
特性:
・【社畜魂】精神ダメージを99%軽減。
・【諦めの境地】絶望状態にならない。
・【異常な幸運】致命傷をよくギリギリで避ける。
⸻
「……な、なんも変わってねぇ!!」
思わず絶叫した。
「加護の一端とか言って、これ“加護”の“か”の字もねぇぞ!!」
『落ち着け、人の子よ。』
子ノ神がのんびりとした声で言う。
『一つの珠に宿した力など、まだ火種にすぎぬ。』
「は、火種?」
『すべての聖獣の力が集い、珠が十二の光を放ったとき――
その時こそ、お主に“真の加護”が宿るであろう。』
「……つまり、今はまだ……無職状態のままってことか……」
『ふむ。言い方は悪いが、そうなる。』
「神様が悪びれもせずに言うなよ!?」
コハルが小さくため息をつき、尻尾を振った。
「やっぱりアンタ、ヒゲモジャから見放されてるのね」
「見放されたって言うな!!」
チャチャがくすくす笑う。
「でも、ご主人。最初の珠が光ったんです。これからが楽しみですよ?」
「うんうん! ぜったい全部光らせましょう〜!」
うららが目を輝かせる。
「……ふむ、よき仲間たちじゃのう」
子ノ神が微笑む。
『では行け。“絆の環”を持つ者よ。
お主の手が、十二の光をつなぐ時を……我は見届けよう。』
白銀の珠が朝日を受けて淡く輝いた。
まるで新しい旅の始まりを祝福するように。
「よし、下僕。行くわよ」
「……俺の心がまだ穢れ落ち着いてないんだけど」
「知るか。歩くのが遅いと置いてくわよ」
「鬼か!」
そんなやり取りを背に、森を抜ける。
振り返ると、子ノ神はどこか名残惜しそうにこちらを見ていた。
『……撫でられるというのは……やはり悪くない。』
朝の光が差し込み、珠がわずかに瞬いた。
それが、これから続く長い道の――ほんの始まりだった。