【3-3】子ノ神様を救いました
黒い瘴気をまとった“子ノ神”は、獰猛な獣のように地面を踏み鳴らした。
地面が大きく揺れ、土の粒が跳ねる。
その背には――四本の尻尾。
それぞれが別の方向へとしなやかに伸び、黒い煙をまとっていた。
「な、なんだよ……尻尾が四つもあるのかよ……!」
俺が声を上げた瞬間、コハルが前へ出る。
金色の瞳に、明確な“敵意”が宿っていた。
「……これ、見てるだけでムカつくのよね」
彼女の髪が、燃えるように揺らめく。
爪先が赤く光り、炎の粒子がぱちぱちと弾けた。
「コ、コハルちゃん! 落ち着いてください〜!」
うららが慌てて手を伸ばすが、コハルはすでに狩人の目をしていた。
「うらら、チャチャ。あたしが前に出る。援護して!」
「了解〜♪」
チャチャがふわりと笑い、影の中に姿を溶かす。
(うわ……あれ完全に“狩る気”だ……)
黒い獣が咆哮した。
次の瞬間、尻尾の一本がムチのようにうなり、地面を薙ぎ払う。
土と木片が飛び散り、地面がえぐれる。
「っ……動き、早っ!」
俺が叫ぶより早く、コハルの体が炎の軌跡を描いて跳ぶ。
「《紅炎爪》!!」
爪から放たれた紅い閃光が、獣の前脚を切り裂く。
焼け焦げた毛が舞い、ネズミの咆哮が響いた。
「うおっ……すげぇ……!」
圧倒されて声が漏れる。
そこへ影が滑り込む。
チャチャだ。
気づけばコハルの背後から、闇が刃のように伸びていた。
「《風紋刃》!」
風の刃が走り、黒い瘴気を切り裂く。
続けざまに、影が伸びて獣の足を縛った。
「動きを封じますね〜」
チャチャが微笑む。
その余裕ある声が、逆に頼もしい。
「今よ、うらら!」
コハルの声に反応して、うららが両手を掲げる。
光が一気に広がり、夜のように暗かった祭壇を照らし出した。
「《光輪結界》!」
純白の光が弧を描き、獣の動きを完全に封じ込める。
まるで天から降り注ぐ鎖のようだった。
「よしっ、完璧だな……!」
思わず俺が叫ぶ。
――だが。
獣の四つの尻尾が、黒い瘴気を噴き上げる。
結界がきしみ、光が軋む音を立てた。
「なっ……!? まだ抵抗してるの!?」
「ダメ……浄化が追いつきません……!」
うららの額に汗がにじむ。
コハルが歯を食いしばり、再び構える。
「じゃあ、焼き切るまでよっ!」
彼女の体が炎に包まれ、髪が紅蓮に輝く。
「《焔王の咆哮》!!」
轟音が響き、炎の奔流が祭壇を飲み込んだ。
黒い瘴気と炎がぶつかり合い、爆風が吹き荒れる。
「うわあああっ!!」
思わず俺は地面に伏せた。
熱気が肌を刺し、砂が舞い上がる。
「はぁっ、はぁっ……っ!」
コハルが息を荒げる中、うららが両手を合わせた。
「……まだ、終わりません!」
彼女の光が、さらに強く輝く。
「《聖光癒》」
清らかな光が祭壇全体を包み込み、黒い瘴気を一気に焼き払った。
眩しすぎて、目が開けられない。
光が収まると――
そこにあったのは、膝を折り、静かに眠るような巨大なネズミの姿だった。
四本の尻尾がゆっくりと消え、代わりに柔らかな白い毛並みが戻っていく。
「……終わった、のか?」
俺が息を飲む。
「ええ。穢れは、完全に祓われました」
うららが微笑む。
その光が、あたたかく俺たちを包み込んだ。
ネズミの聖獣はゆっくりと瞼を開く。
濁っていた瞳に、静かな理性の光が戻っていた。
『……そなたら、か……我を救ったのは……』
低く響く声が、頭の奥に直接届く。
「しゃ、喋った!?」
俺が目を丸くする。
『……我を縛ったのは、“ 虚聖教”の者ども……あの穢れは、奴らの造りし“呪具”によるもの……』
「 虚聖教……?」
コハルが眉をひそめる。
『……世界の秩序を壊し、我らの力を奪う者たち……気をつけよ……』
そう言い残し、守り神は再び目を閉じた。
風が穏やかに吹き、森の空気が少しずつ澄んでいく。
――最初の戦いが、終わった。