第8話 序章8
リオンはいつになく動揺していた。自分の出自など気にも留めたことはなかった。
何を今更、自分が何者であるかなど知りたくなど無い。リオンはぎり、とアオイの次の言葉を殺気で押し留めた。…
「フェブリエ・リオン、それが君の名前だ。そしてこのアオイもそれに連なる者。
戦後未曾有の醜聞とされた事件があった。どこで聞きつけたのかコリル国が第三王女に政略結婚を申し込んできた。体の良い人質だったが当時の力関係はそれを無下に断ることは出来なかった。その上、当時王女には婚約者がいた。その男の名前はフェブリエ・アラン、あのコリルの低脳王子が姫を名指ししなければそのまま彼と婚姻を結んでいただろう。方々の思惑で彼との婚約は簡単に無かった事にされた。」
「そのフェブリエ伯爵はどうしたと思う?」楽しげなアオイの様子にリオンは眉を顰めた。-不謹慎な男だ。
「当主が姫を道連れにして、無理心中。」
「その上、姫様は伯爵のお子を身ごもっていたそうだ。どちらにしても無理があったこの縁談はフェブリエ家の断絶で幕を閉じた。」
「おかしな点がいくつかある。誰がコリルに姫様を売ったのか。どうやら嵌められたのは当主のほうだったらしいな。ある派閥が術師の取り込みに失敗した。その報復に姫様は使われたと考えていいだろう。そしてその思惑通り二人は心中を計り、親類縁者は牢に繋がれた。お前達二人はフェブリエ伯爵家の最後の生き残りだ。」
「なぜそんな話を貴方が知っている。なぜ今それを私に話すのか。」長いすの上ででろりと横になっていたコウヤが目を開けた
「リオンは自分の起源を知りたくないのか。」コウヤの言葉にリオンは目を伏せる。「知ってどうしろと。」
「どうもしないよ。君はそれを知る権利があった。そして知りえた事を幸運に思った方がいい。」
アオイの言い方にリオンはかちんときた。当主の尻拭いをさせられた一族の無念は何処に行くのか。幸運などと思えるはずが無い。
そんなリオンの胸の内を読んだかのようにリョウが養父の袖を引く。ゆっくりとオリビエは頷いた、
「郊外の家で発見された日、君の記憶を入れ替えたのはこの私だ。捕えられていた別の場所から移動させたのも私の仕業だ。
残念ながらまだ詳しい事は言えない。できればあのまま迷宮入りにしてしまいたかった。」
「しかしあの方の狂気はもう留まる事を知らない。もうこれ以上放置することはできなくなった。モントールの光と闇…」
「・・深い闇、ですか。」「そう、根深い闇。」リョウがかすれた声で繰り返す。
「あの方は治癒魔法を操る魔術師の家系に生まれた。特に子供の病気に卓越した能力を示す医師だった。」
しかしそれは彼の一部でしかなかった。治癒魔法の裏側で彼は呪術も研究し、数々の禁術を紐解いた。
研究者の常としてその呪法を人に試してみたくなったのだ。
彼はそれを診察に来る子供を対象にした。病気を治しながら別の呪を施しその反応を確かめる。
同時に彼は耐性のある子供や暗示にかかりやすい子供、そして術師の可能性を秘めた子供の研究も始めたのだ。
いつしか彼は国内有数の医師として国外にも招かれ、悪い意味で見分を広めてしまったのだった。
しかしその悪行もいつしかその子供によって露呈してしまう。
術痕を「視」える子供が居たのだ。それは彼にも予想しなかった事象であり、痕跡は全て抹消したはずだった。
子供はそれを親に話し、禁忌の呪法を多数の子供に試した研究は調査機関によって明らかにされた。
危険を察知した彼は逃走し、今だ見つかってはいない。秘密裏に捜査は続けられ、ある場所が特定された。
その場所は人が入らない森の奥に隠された恐ろしい実験場になっていたのだ。
狂信的な信者を持つカルト集団の教主様として別の人間になった男はその場所に君臨していた。
彼はその集団の中では「ハオラ教主」と呼ばれたがその本当の名前はイジリアス・マーカス。
継承権のない庶子であるが正式に認められた前国王陛下の8番目の皇子だったのだ。
その出自故、捜索は後手に回り取り返しのつかない事態を引き起こすこととなった。
「イジリアスの実験場から君を連れだしたのはこの私だった。」