第7話 序章7
タオ家の屋敷は中央都市部から幾分離れていた。
貴族の中には喧騒の街中を嫌い郊外に住むものも多い。しかしそれは泥棒や空き巣に狙われやすく警備に金を掛けられる裕福な層に限られていた。
きちんと手入れのされた広大な庭を通りコウヤとリオンは邸内に案内された。
装飾の少ない落ち着いたお屋敷だった。「初めまして、タオ伯爵。お招きありがとうございます。」
今では伯爵という称号は存在しない。しかし、貴族の間では永遠に存在し続けるのだ。
「君の姿は何度か拝見している。タオ・オリビエだ。伯爵は必要ない。」彼はでっぷりとした体を揺らして笑った。
リオンとコウヤを広い客間に案内するとそこへタオ・リョウが現れた。
驚いた顔のコウヤに頭を下げるとなんとお茶の支度を始めた。よく見ると侍女はいないようだった。
「人払いが必要なほど厄介なお話でしょうか。」落ち着き払ったコウヤはオリビエに目を合わせる。
「察しが良くて助かるな。さすがミカミの長子。」
リョウの服装はいつもと違う。とろんとした生地の白いドレスは彼女を幼く見せる。
オリビエはコウヤに向き直った。
「君には真実を見る勇気はあるかな。それが残酷な現実であっても受け入れる度量は備わっているのか。」
コウヤはこくりと頷いた。
どちらにしてもあの誘拐事件から自分の人生が狂ったのは確かだった。母は失踪し、父は前にも増して仕事に没頭し、妹はミカミの実家にやられ帰ってこない。そしてまた何者かが自分の側に暗躍を始めた。
「昨日は父に殴られました。タオ嬢にどんな無礼な振る舞いをしたのかと。」コウヤはリョウを見て首を竦めた。
「そうでしたか。こちらも口も利けないタオの娘がコウヤ君を落としたと大評判でしたよ。」
真っ赤になるリョウの頭を撫でながらオリビエは嬉しそうだ。
「君はあの日を覚えておいでか。あの子供に見覚えはないですかな。」ぐんにゃりとオリビエの顔が一瞬ブレた。
突き上げる頭痛にコウヤは米神を押さえた。「っ!」歯を食い縛り頭を抱える主人にリオンはドアの外から駆けつける。
「コウヤ様っ!」それを制しオリビエはコウヤの頭に大きな手を翳した。低い声で詠唱を紡ぐタオ家当主を呆然とリオンは凝視する。オリビエ様は魔術師だったのか?非公式だとしても狭い貴族社会で噂にならないはずがない。まさかカラス・・?
ぐったりと力の抜けたコウヤは長いすに横たわる。ふかふかとした枕を持ち出しリョウは甲斐甲斐しく世話を始めた。
「我が主人に一体何をなさった。」リオンの抗議にもオリビエは全く動じていなかった。
「コウヤ君の眼が覚めたら最初から説明しよう。私は先天性の魔術師だ。もちろん軍には未登録だがな。」
モントールに住む魔術師、呪術師は必ず届出が義務付けられている。100年ほど前より魔法は異端とされ迫害を受けた術師達。
血族に伝わる資質の術師もいれば理論から学び、魔法具によって力を持つ者もいる。
今ではひとつの学問分野として確立されてはいるがその使用範囲は厳しく制限されていた。
医療や建築などの人の役に立つ方向で推奨されてはいるのだが。
力のある術師は当然自動的に軍の監視下におかれ、有事の際には協力という名目で強制的に召集される。
それ故、己の力を隠し公にしない隠れ術師は多数存在したのだった。彼らは通称「カラス」と呼ばれた。
「しかし、貴族の出身であるタオ家に先天性の術師が生まれるなど聞いたことが無い。」
リオンは無礼を承知で意識の無いコウヤの側に腰を下ろした。
「何を言っている。ではお前の住むミカミ家ほど由緒ある血統は私は知らない。遥か昔タオの一族はミカミの臣下であった。」
「目に見えるものだけが全てではない。そして真実も時として残酷で不条理」
その声にリオンは顔を上げ、硬直した。その刹那、この世にただ一人と決めた主人の偶像が揺らいだ。
「初めまして。タオ・オリビエの養子、タオ・アオイです。年は多分君と同じくらい。でも正確なことは分からない。私は生まれも年も名前も両親も不明なので。」
腕を組みにっこりと微笑む銀の長髪を持つ男はリオンの心にその存在を鮮やかに知らしめた。
強烈な出会いだった。少なくともリオンはこれほどまでに秀麗な、美しいと表現できる青年に会った事はなかった。
この国でもてはやされるのはやはり屈強な軍人タイプの男臭い風貌だった。
この男は黒のアオザイを身に纏うしなやかな豹のようだった。濃い茶の瞳と銀髪のコントラストはまるで男装の麗人か。
「そして嬉しい事に君と私はどこかで繋がっているらしいよ。魔術師の家系でね。」「な・・んだって・・?」