第57話 帰還
終わったのか。
カルロスははぁはぁと息継ぎを付しながら片膝をつく。そうして彼は静かに涙を流していた。
スバルは血濡れの聖剣をぶら下げたまま、宙を睨み茫然と立ち尽くしている。
カイはその二人をただ、凝視していた。
その後ろからふらふらと立ち上がるは先程術で大人しく寝かされたリシャールだった。
「お前達は何者だ..なぜここにいる!!」「今更御説明しても詮ない事ですって。殿下、いや国王陛下...どうぞ俺達を見逃して下さい。ハオラ教団の姦計で大切なものを全部失った哀れな流れ者なんですよ。ですから...忘れて下さい。」
「ハオラは死んだんだな?」「さぁ...」「どういうことだっ!」「長は(その個体)って言ってました。って事は他の個体があってもおかしくない。しかし、俺達の目的はハオラの抹殺。その非願は果たされたんですから..良しとしましょう。スバルもカルロスもこれで少しは軽くなるでしょうしね。」
「貴殿らは王族なのか。」「あの二人はな。俺は下っ端の..ただの騎士くずれってとこですかね。」
「おしゃべりはそこまでだ。撤収せんとコウヤとリョウが死んでしまう。」いつの間にか傍に立つカルロスはいつものままだった。
はっと二人がその方向を見ると顔半分を錆色に染めたコウヤと微動だにしないリョウの姿だった。
コウヤは蘇芳にリョウはヴィーダにそれぞれ抱きあげられていた。「あれが精霊なのか。」「あんまり、人前には出ませんがね。」
「ご苦労だった。」空間を捻じ曲げ、ジルはセルティアを伴って狙い澄ましたように城の真中に現れた。
「一体...何が、起こったの....」半壊、いや全壊に近い有り様に皇女はジルに掴まりがたがたと震えている。
国民にとって宮殿は堅固な守りだ。そこに有るだけで権威の象徴となる。その宮殿が内側から壊されたのだ。
イバネマ王国の城が何者かによって攻撃され、侵略を許し、崩壊した。城下の民はこれをどう見るのか。
国政に携わりたいと勉強を続けてきたセルティアは恐怖していた。この国はどうなってしまうのだろうか。
「落ち着け、セルティア。元凶は取り除かれた。直ちに騎士団を編成し直し組みかえる。」
「それでしたら陛下の勅命でもう動かしております。陛下にも早くお出で頂かないと開戦しますな。」
「開戦だと?何を..」「コリル海軍が目視出来る所まで来ております。」「セルティア、お前も来い。」
「おい、イシュタールよ。ここの始末を任せる。精霊でも幻術でも使って良いから何とかしろ。頼んだぞ。」
瓦礫をかき分けながらリシャールはそう言った。「はっ、頼むだと?てめぇの国なんぞ勝手にすればいいんだ。」
スバルの声に彼は二の足を踏んだ。「...なんだと..」スバルを手で押さえ、言葉を継いだのがジルだった。
「国王陛下、残念ながらこれ以上の介入は遠慮する。イシュタールは騎士団ではない。我々は商人で、一国に肩入れすることはできません。少なくともハオラ教団による脅威は去った。あとは外交上の問題で、我々のすべきことはもうない。」
「しかし、この惨状は確かに酷い。目くらましの術を数日施しておく。」むっつりとしたカルロスにスバルが大げさに溜息を付いた。「ったく親切の押し売りだな!!ああそうだ、あの女狐に押し倒されたツケはきちんと払って貰おうかな?」
「なんて不敬なっ!」「確かに不敬だが、王妃様はイバネマを捨てるおつもりらしい。」「何の話だ..」リシャールの声色が変わった。「王妃様はコリル海軍に亡命した。さっさと行って確かめるといい。」
完全に顔色を変えたリシャールはセルティアの腕を掴むとぐいぐいと引っ張り、その場所へと立ち去った。
何度も振り返りながら不安そうにイシュタールの面々を見るセルティアには先程の勢いは無かった。
「さて、兄上我々もあるべき場所に戻る時が来たようです。」
「ああ、二人を休ませてやらんとな。」愛おしそうにリョウの髪を掬ったタオ・オリビエが立っていたのだ。
「同胞よ、我が名において撤収を宣言する。」
還るのは何処なのだろうか。夢現に聞いたその言葉を最後にコウヤは完全に意識を飛ばした。
第一部 完結
引き延ばしましたがここで完結とさせて頂きます。
続きは第二部にてご案内致します。