第53話 再び王宮8
ついに3体の精霊が人々の前に姿を顕した。焔の蘇芳と大地のヴィーダはコウヤの両脇に立つ。
水のシュリだけは血を吐き傷付いたリョウを抱えていた。「シュリ、下がってろ。」コウヤの声に彼は無言で従った。
「余興はお終いだ。行くぞ。」顔半分を錆色に染めたコウヤはもう普通の少年には見えなかった。
2体の精霊を従えたコウヤはちらりとシュリの抱えたリョウに視線を投げかけると、意を決したように深く息を吐いた。
「…母上のことはもう忘れる。俺にはもうそれ以上に守るべきものが…あるからだ。」
全身全霊を持ってあの男を倒す。
雑念を全て払いのけ、額に集中する。複雑な印を組む両手にハオラはうっそりと笑った。「無駄なことを。」
同様に術を空に放つハオラ。それは黒い鳥の形を取り、コウヤめがけて突進する。
無数の黒鳥がコウヤに襲いかかる瞬間、薄く目を開いたリョウが呟いた。「あれは囮、本体は上。」
主人に仇なす使い魔は蘇芳とヴィーダが撥ね退けているが、まだ詠唱が終わっていない。「主様、姫君の声を。」
「聞こえた。」
かっと目を見開くとコウヤはそれを片手で薙ぎ払ったのだ。綺麗に消滅した自身の使い魔をハオラは嬉しげに見た。
「その魔力は臨界点を超えていると気付かないとは…。もうお前は自滅するだけだ。」
不気味な予言を吐いたハオラは禍々しい笑みを広い部屋の中の全ての人間に向けていた。
後はもう混沌だった。凄まじい魔力とのぶつかり合いは宮殿その物を揺るがし、破壊していく。
異変を感じたジルはリシャールに進言する。「宮殿の下敷きになりたくなかったらこの場所から離れるんだな。」
「っつ!!この宮殿から王族が逃げ出せと言うのかっ!!」
「死にたいんだったら好きにしたら?」スバルはそう冷たく言い放つ。
「ハオラにここまでさせた原因はアンタ達だろうが。国を統べるべき王がこの体たらく。恥ずかしくねーのかよ。」
カイの言葉にセルティア皇女が激高した。「その口を控えなさいっ!兄上に不敬は許しません!」
「なんだよ?本当の事だろ。アンタ達には管理責任ってのがあるんじゃねーのかよ。あのなぁ、これでコリルに付け入られて侵略されたら誰が責任を取るんだ?いや、取れるのかよ。で、アンタ達も王族ではなくなる。命があるだけで有難い状況になるのは明白。」
リシャールとセルティアを飛び散る破片から守りながらスバルは二人を冷たくはねつけた。
「っ!そんな事になるはずがありませんわ!イバネマは大国、我が軍隊がコリルに対抗致します!」「できたらな。」
「どういう事だ…」カイの即答にリシャールが眉を顰めた。
「お前の部隊と正規の軍、全ての部隊長と名の付く人間はハオラに懐柔されている。」「……信じがたい。」
「だからバカだって言ってんだよ!」その声が届いた途端リシャールはセルティアを自身の腕に庇い、爆風に背を向けた。
「これは一体何をしているのかっ…宮殿が崩れるというのかっ!!」
「鴉と外道禁術師の戦いさ。問答無用、オレも死にたくないんでね。」スバルは無理やり二人を魔法陣の上に突き飛ばすとすかさず印を組んだ。初めての転移陣に眩暈を起こす二人をカイとカルロスが支えている。
「じゃ、行って。」ひょいとスバルは陣から外れたのだ。
「ごめん、オレはあいつを見届ける義務がある。死んでいった者達の為にな。」
右手を上げ、泣き笑いの顔でスバルは硝煙の中に消えて行く。
「ご無事で。」目を細めカルロスは呟いた。
一瞬のうちに外に放り出されたリシャールとセルティアは茫然としていた。正規の軍隊が、国軍が二人に剣を向けている。
「ってコトだ。ウソじゃねーだろ?」片眼を瞑ってみせたカイは二人を背に庇った。
「ここからは少し大人しくして貰おう。死にたくなければな。」カルロスの言葉にセルティアはごくりと喉を鳴らした。
ーー兵士たちは本気で私達を無き者にしようとしている。
初めて彼女は立場の危うさを認識していた。信じて暮らしていたのは王族という幻想と砂の城だったのだろうか。
「お、お母様はどちらに…?」「さあな、バーズが助けてんじゃないか。一応筆頭愛人だろ。それにルイスとコリル海軍を退けたはずだが。どちらにしても今あの女狐を探す余裕はない。」
取り憑かれた様な兵士たちはその間にもじりじりと包囲を詰めてきている。「上か下か空か?」
「どれも外れです。」「全部ぶっとばーす!!」「おぉ、助っ人遅いぞ。」カイが息を付いた。
正直どうしようかと思ったのだ。スバルの転移陣はスバルしか発動できない。その本体がいない今何処へ逃げろというのか。
それも状況判断が追いついていかないとの二人を連れての戦闘は分が悪すぎる。
「さぁジル様、たまにはその本領を見せて下さい。先代鴉の首領殿?」ルイスは両手を空に突き出した。
逆にジルは地に両手を付いた。「元、だ。ようやく肩の荷が下りたぞ、ルイス。」
「上級精霊は使役出来ないが、私は数で勝負する。」地面から触手の様にぐねぐねと何かが這い出て来る。
「うぁああああああっ!!!」土色の何かに身体を拘束されて兵士たちが恐慌状態に陥っている。
土から出来あがったそれらはかなり気味の悪い代物だった。「行きます。」
その宣言にカイはリシャールの腕を掴み、走り出した。
「きゃああっ!」セルティアの悲鳴に皇子が振り向いた。
「なっ…!!」
カルロスは皇女を横抱きに抱えていた。「姫様、落ちたくなければきちんと捕まっていて下さい。」「……はい…」
抵抗する気はもうなかった。少なくともこの二人は自分達を助けようとしている。
そして避難先で見た光景に二人は絶句した。
ジルの術にに拘束された兵士の上に降り注ぐ集中豪雨。こんな事が可能なのか。
リシャールはルイスを睨みつけた。
天候まで操るとは。恐ろしい程の魔力と術師の力を改めて認識したのだった。「…兄上様…」
進みません。なぜ。