第52話 再び王宮7
「躾もなにもリョウはお前達とは全く関係はない。邪教の集団が戯言を言うか。」
憎々しげに現れたのはその顔に蔦模様を纏ったリジアだった。
「カルト集団の世迷い事につきあう暇はない。」
そしてリジアはそれぞれに術式を展開している黒の魔術師をいきなり吹き飛ばしたのだ。
ドォーーンと鈍い音と共にうめき声が上がる。
「我々の魔法陣が破られただとっ!」黒マントの集団は一瞬にして壊滅状態だった。
「お前らは一体何者だっ!!」
「禁術使いのお前らに教えてやる義理はない。」リジアは壮絶に微笑んだ。
-この時を待っていた。里の敵、この場で全て始末する。
「しかし俺は誰だか教えてやってもいい。お前達が欲しがった月の主。その手にかかって果てるという最後はどうだろうか。」
「ひっ!」一人が恐怖に仰け反る様にその場を逃げ出したのだ。しかしその男は成す術もなく床に転がる。
「うぁぁぁぁぁーーーーっ!!」
頭を抱え、しりもんどり打つ身体。「月の魔力をその身で受け止めるがいい。」黒の男たちはそれぞれに苦痛にのたうっている。
髪を引きちぎり、喉を掻きむしり這いつくばる魔術師達。
「不可触の民に、辺境の民を触れた罪、思い知れ。」リジアは素早く魔法陣を空に展開した。
「死ぬまで幻覚と妄想の中で味わう苦痛の波を味わって貰おう。」
リジアは壮絶な笑みを浮かべていた。
ルイスが言っていたではないか。リジアの里で5大精霊の一体を見たと。その月の精霊はリジアと共にあるのだ。
「一族が居ない今、俺には月を引き継ぐという責任がある。」リジアは目を眇めた。
「力に溺れ、私利私欲にしか使い道を見いだせない愚かな術者に制裁を。」ーー我が主の名において排除する。
リジアの纏う風が変わった。低く唸るように紡がれる呪が朗々と続いている。
黒マントの魔術師達はもうすでに戦闘不能の状態だ。その上から魔法陣が鈍く光り、彼らを包んでいった。
「二度と魔力は使えないだろう、まずまともな人間として生活できるかどうか。」
リジアはふっと前方に目を凝らす。「リョウとコウヤが苦戦している。ジル、後始末は任せた。」
顔半分を乾いた錆色に染めたコウヤは果敢にハオラに向かっている。その後ろからリョウが援護に回っていた。
鋭い金属音でトンファーがハオラの剣に打ちこむ回数がようやく確認できた。爆風と硝煙、人の呻き声。
ここは王族と上級貴族しか入れない豪奢を極めた謁見の間であったはずだ。
体術と剣術と魔術の戦いはもはや人同士には見えなかった。もうもうと立ちこめる埃の中からリジアの姿が見えた時、2本のトンファーでハオラの剣を弾いたコウヤはその反動で退いた。間髪を入れずにリョウが真上から踵落としを決めた。
がつりと厭な音がした。余りの衝撃にハオラは2本の剣を取り落としてしまった。
「うわぁぁぁっ!!」さすがにこれは効いたらしい。しかし、ハオラはその手でリョウの足をむんずと掴み、床に叩きつけたのだ。
ぐしゃりと嫌な音をたてて彼女は転がった。低い呻き声を上げた少女はそれきり動かなくなってしまった。
「リョウっ!!」2本の剣を素早く蹴り飛ばしたコウヤは短剣を逆手に持ち、その腕に突き立てる。
当然のごとく緩んだその手を更に切りつけるとコウヤはリョウを無理やり取り戻したのだ。
ハオラの尋常ならざる力で床に沈んだリョウはコウヤの腕の中でごぼりと血を吐きだした。
ーー内臓がやられてるかもしれない!! 激しく動揺した頭の中でコウヤは叫んでいた。
その隙に体勢を立て直し、大きな音で2本の剣がハオラの手に納まる。
「私に勝てる訳がない。」「うっせぇ!てめえは黙ってろっ!」
コウヤの目が蒼く染まった。
主君の傍に居た3体の精霊の姿がすっと見えなくなる。瞬く間にコウヤの足元から渦を巻く気体が駆け上がった。
「「お前は何を望む。」」その声は確かにコウヤが発したもの。しかし清浄な蒼い気を纏うコウヤは別人の様であった。
「…依り代にまでなれるとは大した器だ。やはりあの時殺しておくべきだったな。まさかこれ程の先祖返りを見せられるとは思いもしなかった。」ハオラはまじまじとコウヤの中にある者を見定めている。
「「我々は常に存在し続ける。お前のような害虫の前に顕現しただけでも有難いと思うのだな。」」
「……ふ、はははっ!!害虫だと?貴様らこそがこの世に不必要な存在だっ!!たかが東の蛮族が笑わせるな…黙ってその血筋を渡せはいいものをっ!!そんな脆弱な器など握り潰してくれる…全てを掌握するのはこの私だっ!!」
コウヤの母親を始め、イバネマの王族は整った容姿の者が多い。ハオラもその端くれに連なる人間だった、が。
崩す事のなかったその冷徹非常な表情を見事に醜く変えていた。コウヤを依り代としているのは何者なのだろうか。
黒い瘴気はハオラの身体からゆらゆらと沸き上がっていく。彼の真意は一体何を欲しているのだろうか。
ぱりん、ぱりんと窓にはめ込まれたガラスが弾け飛ぶ。
その凄まじい戦闘を目の辺りにし、ついに息苦しさを感じたリシャールは服の首元を緩めていた。
しかし、彼らの一挙一動が見逃せないのだ。
そして何よりももイバネマ王室をコケにしたハオラの人外魔境の力とその配下達を絶対に許すことは出来ない。
ご無沙汰しておりました・・(サル並に反省)