第51話 再び王宮6
それはほんの一瞬の隙を衝いていた。
一瞬、両腕が鉛でも吊るされたかのように重くなったのだ。その所為で反応が遅れた。
「くっそ…っ!!」
後ろに飛んだコウヤをリョウの暗器が援護した。しかし。
ごく僅かにハオラの剣の切っ先がコウヤの顔をを掠ったのだ。
右の目尻から額を掠った剣はコウヤの顔半分を鮮血に染めた。
傷の割には出血の激しいその部分にコウヤは腕を当て、血を拭う。「ちっ…油断した。」
すぐに体勢を立て直し、構えたコウヤの心臓にどくんと大きな振動が走った。
「リョウ?」
何かが隣をすり抜けハオラに飛びかかっている。その後姿はリョウだった。
黒のアオザイを纏った小さな華奢な身体はゴムまりの様に跳ね返り、ハオラに執拗な攻撃を繰り返した。
鈍い金属音でハオラがリョウの短剣を跳ね返しているのがわかる。しかし、かわすその身体からは血飛沫が飛び散るのが見えた。
「…コウヤに触れるな。」身体全体から殺気を迸らせる小さな鬼姫の姿。
「ほう、これが本来のナナの姿か。欠片の魔力に加えて東国の体術は悪くない。タオの調教も中々。」
嬉しそうにハオラはリョウの体術をかわしている。リョウの戦闘能力をもってしてもこの天才魔術師には太刀打ち出来ないのか。
しかし、リョウの攻撃は止む事はない。執拗に、その暗器を振り続けるのだ。
「コウヤに関わるなと・言った。」「誰に口を聞いている。」入口にぞろりと現れたのはハオラ教団の幹部たちだった。
「遺憾ですな、ナナ様。」見覚えのある顔がにやりと笑う。
「大人しく傀儡でいれば良い物を…人形に感情は必要ないと私はいつでも進言しておりましたのに。」
いかにも残念そうに黒ずくめの魔術師は三方に魔法陣を展開していた。
リョウとハオラの睨みあいを横目で見ながら、コウヤは精霊の力を借りてとりあえず血を止めることに成功していた。
「リョウ!!こっちを見ろ。一人で勝手に遊ぶんじゃねぇよ。お前らも変な番号でリョウを呼ぶのは許さない。」
不遜な言葉とは裏腹にコウヤは震えがくるほど動揺していた。
胸の奥が熱く蠢いている。リョウの欠片と自分は共鳴しているのだ。それは彼女の魔法が発動していることを意味する。
生れ持った素質がないリョウはその生命を対価として魔力を得る。
ーーリョウはコウヤの盾となる為に作られた殺戮兵器だった。
「んな事はさせねーんだよっ!!」ーー雑魚はまかせろ。頭の中にジルの声が響いた、
「ハオラ相手だしな!悪いけどこっちに集中させてもらう!リョウ!来い。お前の主は誰だ?」
その絶対的な言葉にリョウは否応もなく従う。軽やかに魔法陣をかわしアオザイを翻す少女はコウヤに縋りついた。
両手を広げ縋りつく華奢な身体を受け止めるとコウヤは耳元で囁く。
「命令だ、リョウ。お前が盾なら、オレの傍を2度と離れるな。」
呪いにも似たその言霊はリョウの根源を揺さぶるのだ。
決して抗う事の出来ない甘美な呪い。絶対服従の力を持つその言霊はリョウの熱を冷ましたのだ。
「…コ・ウ・ヤ…?」「お前の居場所はここにしかない。その身体が地に還るまでな。」勝ち誇ったようにコウヤは笑った。
後はもうただ混乱、だった。「主様、ハオラの精霊は無効化した。」
「上出来だ、異界に放り込んで捕縛しとけ。」「御意。」
「リョウ、右だ。」リョウの暗器がひゅんひゅんと空を切る。
間髪をおかず繰り返し目を狙う攻撃にハオラもうんざりとした顔を隠せない。
「煩い子供には躾と仕置きが必要か。」
急に寒くなりました。皆様、ご自愛を。