第5話 序章5
帰り道コウヤはむっつりと考え込んでいた。
「なぁ、リオン・・あれはどう見ればいい。あの身のこなし、普通じゃない。あの娘は何者だ?」
「私にも何とも言えません。今回父上の情報網を少しお借りしたにも関わらず・・何も出てこない。当主のタオ・オリビエは貴族と言うより貿易商人です。貴族の集まりや王族とは一切顔を出さない堅物ではあるようですが。それと・・タオ嬢と同じ時期にアオイという養子も家に入れている。」コウヤは額に手を当てる。「男か。年は幾つだ。」タオなんて貴族は今まで会った事も無く気にもかけていなかった。そう、彼女に会うまでは。「年は二十歳。学院にタオ嬢を迎えに来るのは彼ではないかと思います。」
「タオ・リョウがお気に召しましたか。」リオンの言葉にコウヤは考えを廻らせる。
「恋愛感情とは違う。でも気になる。彼女を見ていると何か思い出せそうな気がするんだ。」
思い出せない記憶とはあの事件のことだろう。何年経ってもあの事件はコウヤ様を闇に引きずり込む。
あのネスター・アレックスに言われるまでもなくコウヤ様はあの事件を覚えていないのを悔いておられるのに。
しかし、コウヤ様の証言があったとしてもセシリア様は見つからなかったのかもしれない。
現に誘拐事件の犯人はいまだ捕まっていないのだから。生きておられるのか奥様は…
その日以来リョウは学院に姿を見せなくなった。
体調不良との届出はきちんと父親から出ているらしい。病弱そうには見えなかったが、例の幼少時の事故とやらの後遺症だと聞く。
しかしあの時の言葉は何だったのか。「貴方を・守る・から。」彼女はそう言っていた。
普通は女性が男性に言う言葉ではない。ましてや評判の悪いオレに喧嘩を売るヤツなんていないはずだった。
狙われているわけでもない…!?あの時の狙いがオレだとしたら??
だから彼女は「貴方を守る」と言ったのか? バカかオレはっ!どう見てもあれは喧嘩のレベルではなかった。
そして血の匂いをさせて立ち去った小さな少女。体調不良とは怪我のせいではなかったのか。
罪悪感が胸を締め付ける。何とかして彼女に会わなければ。
急いで屋敷に帰ったコウヤを迎えたのはめったに顔を合わせることの無い父親だった。
不審げに挨拶をしようとした息子をトウマは何も言わず、いきなり横っつらを張り飛ばした。
受身も取れず吹っ飛んだコウヤをリオンが慌てて支える。「・・ってぇ!!何すんだよ…いきなり暴力かぁ?」
みるみるうちに腫れ上がる右側を押さえてコウヤは立ち上がった。
「タオ家の令嬢に何をした。謝罪させたお詫びにご招待したいと手紙が来ている。それも私宛にな。」
「アンタに迷惑がかかることなんてしてねぇよ。人前で無理に喋らせちまってすぐ謝ったんだよ。」
「本当だな。」「残念ながら目撃者は沢山いたよ。いい噂になったんじゃねーの。」
トウマは腕組みをしてコウヤに背を向ける。「タオ家には関わるな。今現在あの3人は軍の監視下に置かれている。」
我ながら間抜けな顔だったと思う。「タオ家は貴族や王族とは利害関係はないだろうが…」
なんだこの展開は。
「国内ではないから問題なんだ。タオ・リョウが隣国イバネマと接触しているとの報告がある。」
眉間に皺を寄せ中央将軍は続ける。「…は?イバネマだって?」言いがかりも大概にしろクソ将軍。コウヤは鼻で笑った。
「数日前にモンオトール学院近くで捕獲された男がタオ・リョウを知っていたのだ。」
「おい、話を歪曲すんなよ。その男はタオ嬢に痛めつけられた、の間違いだろ。」
トウマの眼の色が変わった。「お前は何を知っている。」
「なぁ、中央将軍様。あの時狙われてたのはどうやらオレだったみたいだぜ。」「それがどういう事だか分かっているのか貴様!!」
「さあな…オレは何も覚えは無いぜ。理由があるとしたらお偉い中央政府高官の息子ってことくらいじゃねーの?」
胸ぐらを掴まれ首を絞められてもコウヤは笑っていた。「この時期にまたお前はっ!!」
「一体オレが何をしたって言うんだよ。誘拐されたのはオレの所為か?母様の手ががりがないのもオレが悪いのか?」
「イバネマがどうしたって。アンタ達軍部は何してんだよ。16の女子供を謗る前にやることねぇのかよ。」
言外にコウヤは先に母を探し出せと父親を責めていた。何の手ががりもないままに8年も過ぎてしまったその責任を。
「誘拐犯だって捕まってないんだろ。きっとオレを狙ったイバネマの仕業かもしれないな。」
「迂闊な言葉を吐くんじゃない。国際問題なんだぞっ!理由も証拠も無くそんな事が言えるか!」
「うるせぇんだよ。軍事国家が呆れるぜ。掌握できたのは王族と貴族だけだろうが。西のイバネマ、南のコリル…列強が侵略したくて手ぐすね引いて待ってるんだろ。そんなことガキだって知ってるよ。モントール王国は周りの国が怖くてしかたねーってさ。」
「その手紙よこせよ。反対されてもオレは行くからな。アンタの指図は受けない。」
トウマの手から無理やり手紙を毟り取るとコウヤは屋敷奥の自室へ引き上げたのだった。