第49話 再び王宮4
コウヤ達3人は転移陣を使いリシャールは小隊と供に王宮に帰還する。今は王宮の警備は手薄になっているはずだった。
「どうやら臨戦態勢みたいですよ。」「精霊の情報か。」「いや、スバルです。」
あの騒動の後、スバルはとっとと得意の幻術で王妃をベッドに沈めた。「暫く寝ててね。」
ちゅうと額に口付けを落とすとその足でセルティア皇女をも引っ張り出すことにも成功していた。
同時に現れたアオイとリオンにセルティア皇女は少し頬を染めていた。しかしその言葉は冷たく鋭い。
「何を企んでいるのか。王妃は今どちらに。」
セルティアですらも王宮内の不穏な動きは感じていたようだった。
「リヒャルト殿下が港からお戻りになられました。」アオイは妖艶に微笑むと大げさに礼を取った。
その慇懃無礼な調子に皇女は眉を顰めた。「港…なぜ兄上が。」セルティアは欲望のままに生きる王妃とは違い、国政に携わりたいと帝王学を学んでいたのだ。「ハオラ宰相の差し金かと。」「しかし、国王陛下は何と…?」
「現実を見据えなさい。セルティア殿下。国政がどう扱われているのかご存知のはずだ。」アオイの放言にセルティアはぎっと睨みつけたのだ。それはまさにアオイの言葉を裏付ける行動でもあった。
ーー皇女は陛下の状態をご存知だ。
「イシュタールはリヒャルト殿下のお考えを支持いたします。」
リオンはセルティアの正面でそう言い切った。
「そなたはモントールの人間ではないか。従者風情が私にかような物言い…恥を知れ。」
セルティアは尊大に構え、目を細めた。しかし彼女はかなりの動揺を感じていた。イバネマでは王族に意見するものなどは皆無だ。
王族の不興をかえば牢に繋がれ打ち首になることもありうる。ーーこの者は一体何を考えているのか。
モントールから来た秀麗な青年にセルティアが興味を持った瞬間だった。
スバルをはじめイシュタールの男性は容姿が整った者が多い。冷めた瞳といかにも一癖ありそうな商人達。
ばたばたという足音と供に皇太子が到着する。「無事か、セルティア。私はハオラ宰相の謀反を確認した。」
目を瞠り絶句する皇女をリヒャルトは椅子に掛けさせた。「二人だけで話す。人払いを。」
護衛その他、イシュタールが部屋から外に出たところでそれは起こった。
ズドォーーーン…… 「始まった。」スバルは面倒そうに言う。「何処だ。」「多分謁見の間。」スバルは内部に詳しいようだった。「場所は判るのか?」「あったりまえ。何の為に普段から顔を出してると思う?」アオイの問いにスバルは顎で右を指した。
3人は走り出した。同時にリヒャルトが廊下に出てきた。「何事だ。イシュタールらは何処へ行った。」
護衛の衛兵達はすでに統率を欠いている。右往左往する兵隊にリヒャルトはちっと舌打ちした。
「臆するな。着いて来い。セルティアはここで…」「いいえ、私も参ります。この眼で何が起こっているのか確かめます!」
「……分かった。いくぞ。」この状況で逃げるどころか渦中に飛び込もうとする妹にリヒャルトは正直驚いていた。
たった一人の妹。正確には血の繋がりはない。しかしそれは彼女の所為ではないのだろう。
陛下と王妃に恋愛関係があった訳ではない。身ごもったコリルの放蕩王女を押し付けられた陛下も気の毒だったと彼は思う。
そして他人の子供を嫡子として認めなければならなかった屈辱。完全に開き直った王妃はその行状を改めることもなく現在に至る。
その劣悪な環境の中でもセルティアは強かに生きてきたのだ。腫れ物に触るような扱いの王妃の元で好きなように成長したのも良かったのかもしれない。リヒャルトは最初から彼女と敵対する感情は湧かなかった。陛下はまるで存在しないかのように彼女を扱ったがリヒャルトは妹姫と認めていたのだ。「今更、血族などどうでもいい。」
皇太子は謁見の間に急ぎながら考える。ーーあのイシュタールとは何者だ。ジル以下、侮れない者ばかりだ。今まで爪を隠し、一介の商人として市井に居たのは何の為に。騎士団、いやそれ以上に訓練された傭兵集団と呼んでいいだろう。彼らは明らかに二面性を持っている。彼らの底知れない能力に気味悪さを感じるのだ。イシュタールは危険だ。
リヒャルトの勘がそう警告を鳴らす。「うわぁっ!」ドーーーン…………
広間から鈍い爆発音が響き渡る。中では何が起こっているのか。セルティアは思わず身構えた。「………きゃあっ!!」
流水のごとく現れた蒼い結界が彼らを降り注ぐ障害物から遠ざけ、すっと消えた。
「ここはイシュタールにお任せ頂きたい。」
爆音の中から見えたのは黒衣に身を包んだイシュタールの面々だった。
そしてその足元には魔術師と思しき人間がごろごろと転がっている。今の爆発音は彼らの攻撃だったのだろうか。
謁見の間の大きな扉は見る影もなく吹っ飛んでいる。硝煙が収まると奥の、国王陛下の玉座がうっすらと見えてきた。
国王はその場所に座していた。「父上っ!!」リヒャルトは普段使うことの出来ない呼び名で叫んだ。
うっそりと顔をこちらに向けた最高権力者は…王冠を着けた傀儡だった。
いつからそうされていたのかどんよりとした瞳とげっそりと痩せた頬は状態が尋常ではない事を知らしめた。
「ほう、タオと結託したか非力で愚鈍な皇太子よ。」
壮絶な微笑みで迎えたのは国王の隣に立つハオラだった。
「……っ!黙れっ反逆者!陛下を誑かした罪、見逃すわけにはいかん!」
「貴様に何が出来る。無能、傲慢、偽善、いくらでも言ってやろう。貴方様には国の最上級に立つ資格はございませんな。」
ハオラはあ国王の肩に手をかけるとぐいと前に押した。「お父様っ!」
セルティアの悲鳴と供に国王は床にずるりと崩れ落ちた。
「陛下をお助けしろ!」リヒャルトの声に何人かの騎士が抜いた剣を構え、駆けつける。
「ぐわぁぁああ!」近寄る術も無く数人の騎士は吹っ飛んだ。「…他愛もない。」
リシャールは這い上がる戦慄を隠す事ができなかった。
今まで見てきた魔法や魔術は一体なんであったのか。
そしてこの恐るべき力と混沌と破壊は許せるものではなかった。「さぁ、どうする。」
「ですから貴方のお相手は私共が務めさせて頂くと申し上げました。稀代の禁術使いも耄碌なさったか。」
ぼっとしている間に更新が滞ってしまいました。猛暑に筆も鈍りがちです。




