第47話 再び王宮2
カルロスは厳かに口を開いた。
「イシュタールのカルロス、ミカミ・コウヤにタオ・リョウ。小隊を抑えたのは自警団のカイ。」
無表情のままカルロスは続けた。
「殿下におかれましては暗殺の恐れがございます。そしてこの地は魔導師くずれの巣窟。海岸線に近づく海賊船の半分がコリルの軍隊です。」
カルロスの言葉に皇太子は不快をを露わにし眉間に皺を寄せた。
「その真偽は。信ずるに足りる情報を我は持たぬ。」
「聖剣をお返ししたことでは足らぬと申されるか。」カルロスは縛られたアシュレイを足で転がした。
「気がついたらこの男に吐かせればいいでしょう。それより時間がありません。この地が墜ちれば船団はすぐにでも港に入ってきます。国軍船団の方にはバース殿が総指揮官として乗船いたしました。リシャール殿下どうかご指示を。」
イシュタールの面々は片膝を付き、頭を垂れ腰の剣を両手で差し出した。それは主に忠誠を誓う印。
「………分かった。考えを聞こう。」「隊を一度外へお出し下さい。術師共が不穏な動きを見せております。呪術やらをばらまかれると回収に面倒です。殿下の御身は私達がお守りいたしますので兵を引かせて待機命令を頂きたく、存じます。」
皇太子殿下の命令でぞろぞろと兵隊が町の外へ出て行く。二つの小隊は隣町の境界で待機となった。
「で、これから何をするのだ。」コウヤはにぃと笑った。
「町の掃除を少し。殿下はここでご覧下さい。カルロス頼んだぞ。」
「おう、ハンパな術者をきれいに刈って来い。」「いくぞ、リョウ。」
「待て…彼女に戦わせるのか…?」
左右に分かれたリョウとコウヤは宙に陣を描く。
リョウはあの暗器を持っている。ヒュンッ!!重しが綺麗に弧を描き男の足首に絡みついた。
「うわぁっ!」もんどりうって這い蹲る前にリョウは一撃で落とす。
コウヤはトンファーのような暗器を使っていた。呪術や魔術を発動するにはある程度の時間が必要だ。どんな術者でも目標を見定めてから詠唱なり魔方陣を刻まなければ発動はむずかしいのだ。
ならば発動する前に倒してしまえばいい。
術師は己の力を過信する余り、非力な者がい多いのだ。「リョウ!後方左に二人っ!」
彼女は振り返りもせずに暗器を飛ばし引き、なぎ倒す。その間にもう一人の喉下に蹴りを決めると暗器を持ち直した。
「あれは武術なのか…剣も使わず戦うこれは何と言う…」リシャールは向かってくる大人の男を息も乱さずに倒していく二人を見て唖然としていた。暗器は兎も角、急所を一撃で狙う体術は見たことが無い。早い。何時決まったのか見えないうちに彼らは沈んでいく。その後をカイが器用に縄を打っていくのだ。町ひとつに犇いていたならず者達をたった3人で片付けようと言うのか。
「危ない!」着地の足を踏み外したリョウの身体がひょいと持ち上がる。
「姫様、危ないです。」「なんだアレはっ!」
蒼い靄が人間の形を取っている。どこからか射られた矢を蒼い腕が振り払う。
「我が主の姫君には指一本触れさせないよ?」
「先ほど殿下を守った結界でございます。」「な、何者だ?人ではないのか?」
「上位5大精霊の一体、水を司る者です。」
「なぜ精霊が彼らに味方する?使役しているというのか?」「ミカミ・コウヤは3体の精霊を配下にしています。その中の1体をリョウの防御につけたと聞いています。」
頭を振るリシャールは眼の前で起こっている事ですら認めがたいと額に手をやる。
「お前達はなぜ戦うのだ。」リシャールは解せなかった。彼らはイバネマにも陛下にも与さない人間たちだ。
今まで商人の立場を貫き、揉め事や施政のには常に中立を守って来たのだ。
「私達は流れ者です。しかし、この国で暮らした足跡は消えません。このまま我々がいなくなればイバネマはコリルに呑まれるでしょう。侵略、強奪、焼き討ち、女達は引き裂かれ…民はどうなりますか。」
「イシュタールは戦乱を望んではいない。その為には殿下を死なせるわけには参りません。王妃様には政治は向いていない。皇女さまは……国王陛下のお子ではない。今、国民が納得するのはリシャール殿下、貴方だけと心得ております。」
「お前も側近になりたいのか。貴族の称号が欲しいと申すか。」カルロスはふっと自嘲気味に笑った。
「その様な称号は何の役にも立ちませんよ。私はとある国では大公と呼ばれたこともありました。」
ぶん、とカルロスは己の剣をふった。2つになった矢はからからと石畳を転がっていく。
「国がなくなってしまえば王族も平民も皆同じ、です。いや平民のほうが生き残る可能性が高い。」「どこの国から流れてきた。」
「いずれはお話しする機会もありましょう。」
「スオウ!呪を発動させるなっ!」屋根の上で印を組む男に焔の竜が尾を引いて絡みつく。「うぁぁぁあああっ!!」
「あれは火の精霊の変化でしょう。」「人間が精霊を使役することは普通のことなのか?」
「まず出来ませんね。」「ではなぜ。」「ハオラ宰相も上位ではないが水の精霊を使役しておられます。」
「ハオラは変わった。陛下は宰相としてとても信頼しておいでだった。私にもおもねることなく王妃にも礼を尽くしていた。」
「リシャール殿下。我々は大小の差こそあれあの男に人生を狂わされた者の集まりです。私はこの国をあの男の好きにするわけにはいかないのです。この大国の存亡は周りの小国にも影響を及ぼします。そしてあの二人はモントールからハオラを追ってきた。」
「リョウとコウヤはハオラの禁術を使った人体実験の犠牲者です。」
「……人体実験だと?」「ああ…そろそろ終わりますか。」
逃げる黒衣の男にコウヤが容赦なくトンファーを叩きつける。「ぐぁあああ…」
うしろを振り返り、リョウを認めると迷わず手を差し伸べるコウヤ。腕どころか身体ごと飛び込むリョウをコウヤはしっかりと抱きとめる。
「ヴィーダ、スオウ、シュリ、手を貸してくれ。」
黒を纏う地の精霊、蒼く揺らめく水の精霊、蘇芳色を髪に持つ火の精霊が顕現する。
両手を天に上げ長い詠唱を続けるコウヤを中心に置き彼らは魔方陣を展開する。
紅と蒼と漆黒がそれぞれの指先から弾ける。
「美しい…」リシャールは彼らの姿とコウヤを固唾を呑んで見詰めていた。
それは精霊とコウヤが奏でる刹那の光。