第45話 捕縛5
バースはわざわざ他の部隊の兵を使いハオラに会うために先触れを出した。
王妃が出張る前に陛下とお会いしなければ、この先どんなことになるか…
バースは国王陛下のいる区画に入ろうとしていた。
何用でございましょうか、バース団長。」区切られた一角の中庭に立つのはハオラ宰相その人でありました。
「お、ハオラ殿。たった今お目通りを願おうと…」「陛下はお会いしないと仰っております。」
「……いや、火急の所用にてぜひ、即急にご説明したいことがございますっ!」
「ご自分の立場をご理解していらっしゃらないとはどういう事でしょうな。バース騎士団長殿。」
「いや、十分に理解しております。ハオラ殿。ですか、王妃様のお怒りは勘違いの上での出来事でありまして……」
バカにしたような表情で長身のバースを見上げるハオラはやはり、薄笑いを浮かべている。
「………なぜ貴殿が先ほどの茶番を知っている。」
バースは腰の剣に手をかけて言う。「答えよ。」
「見ていたからです。」「何とっ?」「飲み込みの悪いのは致命的だ。私は魔術師です。部屋を覗くのなんて簡単なのですよ。」
ハオラの判りきったような怜悧な微笑にバースは黒い怒りを抑えきれなかった。
「ではなぜ、放っておいた!あの声は貴殿の仕業なのかっ!」
ぶるぶると震えながらバースは激昂する。
「貴方はもう必要ないからですよ。」「なんだとっ!!貴様…」
掴みかかろうとした大きな手は切り裂く風に遮られたのだ。「……っつ!」鮮血を迸らせる己の手をバースは見詰めている。
至近距離の、いや至近距離にいたはずのハオラはふわりと浮くように後ろに下がっていた。
「貴方がきちんと雌犬をしつけておかれないからイシュタールの子供に寝取られるのですよ。あれは厄介な子供だ。今頃はあの淫乱王妃様はイシュタールの子飼いに骨抜きにされているでしょうね。」
「わ、私は国王付騎士団団長の肩書きがあるっ!!それは国王陛下の勅令でしか動かせないはずだっ!」
「ええ、その通りです。ですからこれをお持ちいたしました。」
ぱらりと広げた薄い紙にはバースの団長職を解任する旨が簡潔に書かれていた。「こんなことがあるわけがないっ!」
バースは半狂乱だった。これは何かの間違いだ。忠義を尽くしてきた陛下がこんな仕打ちをするはずがない。
彼の思考回路は堂々巡りを始めていた。
「この3年間、王妃の相手であった貴殿を陛下が何も思わずに信頼していたと?思い上がりも甚だしい。」
ハオラは心底呆れていた。御都合主義にも程がある。
「しかしっ!それは貴殿が王妃様のご乱行を諌める為に、陛下からの命であると…まさか…それもお前の差し金だったのかっ!」
憐みの表情を浮かべたハオラは頭を振った。「誰が言ったかなどは問題ではない。貴殿の役割は終わったのだ。速やかに退場なさるが宜しい。」
はっと気が付くとかなりの数の魔導師達に囲まれている。
バースは完全にハオラの術中に嵌っていることにほぞを噛んだ。今更だが。「どうするつもりだ。」
それには返答はなく、ハオラは足元の魔方陣からすっと姿を消した。「…くそ…直接手を下す必要もないだと…?」
バースは腰の剣を抜き放った。このままで終わるつもりはない。陛下にお会いしない事には、死んでも死にきれないだろう。
バースは戦勝を上げる度に賜った陛下の言葉を思い出していた。彼にとって国王陛下は至上の、神にも等しい存在だった。
「人心を惑わす魔導師こそがこの国には必要ない。」
戦場ではイバネマの死神と恐れられた男が真骨頂とばかりに殺気を解き放つ。「来い。」死線を潜り抜けてきた日はだてではないのだ。
「その命、私が預かろう。」
術師が放った光を簡単に蹴散らし、無効化したのは先ほどスバルと前後して引き出されたはずのルイスだった。「此方へ。」