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海の蒼  作者: 森野優
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第44話 捕縛4

熊のように自室の中をぐるぐると歩き回るバースは我慢しきれずに城の外へ出た。

頭の中では王妃とスバルの行為の続きが聞こえている。精神的な拷問かとバースはがっくりと座り込んでいた。

正直王妃が誰と寝ようと自分はどうでもいい。しかし、彼女に一番近い位置に居る為には筆頭愛人でいるのが都合が良かったのだ。

王妃の動向を全て把握し、ハオラ宰相に報告するのが彼の仕事だった。

武骨な騎士団長をハオラはその話術と陛下への忠誠をちらつかせ丸めこむ。

無骨な武人で有るが故に軽んじられてきた不遇な男をハオラは簡単に落としていた。

傀儡となり下がった国王を上手く使い、バースの忠義心を利用した。バースはいまだにハオラの命令は国王からであると信じている。


バースの顔色が変わった。王妃の部屋の様子がおかしいのだ。バースは今更ながら二人きりにした事を後悔していた。

あの生意気な小僧は得体のしれないイシュタールの人間だった。

ー子供とはいえあいつは男だ。今まで王妃の誘いを悉く拒否してきたことに惑わされていた。その気が全くないのだと。

しかし、王妃と完全に二人きりになるのを待っていたとしたら・・?王妃が危ない。ましてやイシュタールは牢に繋がれている。

仲間を害されないように素直に従ったのかと踏んだのにっ!


獣のようにバースは走った。「あんな商人風情にこのイバネマ国の王妃様ともあろう方が!」


「スバル!何をするっ!お主は私の命を狙うというのか…?誰か!護衛を呼ぶのだ!うぁああっ!」

脳内に響く王妃の悲痛な声にバースはいきりたった。「護衛は何をしているっ!」


彼女の部屋の前には自分が配置した3人の警備兵がぼんやりと立っている。

王妃が若い男を誘惑するのは初めてではない。時がたてば解放されるだろうと慣れっこになっている警備兵をバースは怒鳴り飛ばした。「お前達は何をしている!王妃様が助けを求めている時に!」弾かれたように警備兵は腰の剣に手を掛けた。

バースは先頭に立って王妃の私室に踏み込んだ。3人の警備兵も後に続く。

「王妃様!」


バース王宮騎士団長は観音開きの寝室の扉をぱーんと勢い良く明け放った。





その場から動かなくなったバースの後ろから彼らがぬっと顔を出した。


声も出ずに硬直した3人は即座に膝をつき頭を下げた。「…っつ!!」


「どうして…」茫然としたバースの目に映ったのはスバルの狼藉でも救いを求める王妃でもなかった。


大きな寝台の真ん中で両手首を拘束され繋がれるスバル。


そして彼を組敷き大きく身体を揺らす真っ白な背中と豊満な尻を彼らは見てしまった。

情事の最中に末端の兵隊まで連れて踏み込んだバースに王妃は不愉快そうに振りかえった。


「何用じゃバース。先程おぬしは興味がないと申したではないか。」「…い・いや、王妃様の助けを求めるお声が…」

真っ青で説明を始めるにスバルはにやりと笑った。「王妃さまぁ…あんまりです。こんな姿を人に見られるなんて酷いです!!」


頭を伏せたままの3人は震えていた。もうお終いだ。王妃の寝室に、それも最中に踏み込みお体を見てしまった。

もう打ち首か一生牢に繋がれるのかもしれない。彼らはもう自分の事しか考えてなかった。


騒ぎを聞きつけて下がらせていた侍女達が集まって来た。取り乱す侍女にバースはもう諦めざるを得なかった。


ー俺は嵌められた。


警備兵を叩きだしバースは寝室の扉を閉め、その場で沙汰を待った。この場から逃げ出すことも出来ない。

何とか申し開きを聞いていただかなくては分が悪すぎる。それに自分が誰よりも彼女に奉仕してきたという自負もあったのだ。


しかし、それは彼の甘い期待を大きく裏切るものであった。


まだ事態が飲み込めていない侍女が王妃の言葉を伝えに来た。「暫くご自宅にて謹慎せよとの仰せです。」


「………ばかなっ!王妃様に騎士団長を拘束する権限はないはずだ。」「確かにお伝えいたしました。」

感情を全く見せずに王妃付きの女官は丁寧に頭を下げた。もう行けと、用はないと言外に匂わせる。


奥歯をぎりぎりと噛み締めるとバースは退出せざるを得なかった。確かにあの場面で水を差されては王妃でなくとも腹を立てるだろう。しかしこのままでは拙い。「ハオラ宰相に会わなくては。」


軟禁状態になる前に対策を練らなくては自分の身が危ない。この時点でようやくバースは気づき始めていた。

ー自分には後ろ盾がない。

バースは下級貴族の出だった。彼は13歳にして親戚を頼り、コネで軍学校に入学した。

当時は戦乱の時代だったのだ。成績よりも即戦力が求められた彼らは実戦に飛び込んでいった。

沢山の友人を失くした。その中で彼は確実に戦績を上げ、自身の力で伸し上がってきた叩き上げの軍人だったのだ。


しかし、王宮騎士団の最高峰に立ちながらそれ以上の役職は望めなかった。その出自が相応しくないと判断した側近の決定に臍を噛んだ。

前線に出た事のない上級貴族が将軍や元帥という職についているのを見て人知れずバースは業を煮やしていた。


それ故彼は貴族という立場を徹底的に軽蔑した。したがってこういう場面で庇護してくれる貴族の後ろ盾などは皆無に等しい。

逆に王妃の筆頭愛人という有り難くない二つ名ばかりで呼ばれるようになっていたったのだった。


今は戦乱の世でない。彼の存在は何者かに、意図的に葬られようとしていた。

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