第41話 捕縛1
イシュタールより少し離れた場所に彼らは転移陣で到着する。
すでに物々しい雰囲気になっている周辺を彼らは走った。
王宮付きの軍隊に囲まれている入口をルイスは低い声と殺気で押しのけた。ざわざわと動き始めた兵を冷たい目で見降ろす。
「どけ。」
「誰も入れることはできん!」尊大に言い放つ兵隊にアオイは見下した表情で笑った。
「誰を捕えに来たのかもわからないでよく護衛が務まるな。それとも王宮の兵はその程度の頭しかないのか。」
「…っ、貴様!何者だっ!愚弄するのは許さんぞ!」
「見て判らないのか。ここの者だ。捕まってやるから中に入れろって言ってんだよ!!」
アオイの恫喝に剣を構えた兵隊が思わず道を開ける。
3人は当然のように店の中に入って行った。そして目の前に現れたのは店主の執務室に引き倒された彼らの姿だった。
ジルは跪き後ろ手に縛られ2本の杖で首を拘束されている。奥のほうではリジアとスバルは乱暴に縄を打たれている。
皆抵抗した様子は無かった。
「貴様らも逆賊の仲間か。」尊大に構える長と思しき騎士にリオンは呆れたように笑った。
「商人に逆賊も何もありませんが、我々はイシュタールに雇われた者です。」「お前らの意見など必要ない。捕えろ。」
冷たく言い放つと一斉に兵隊たちが飛びかかる。乱暴に拘束されながらもルイスは周りを確認する。
カルロスとカイはこの場にいない。逃げたのか逃がしたのか。「ま、計画の範疇だな。」
ルイスはちらりと無表情のジルを見遣ると黙って引かれて行く。
表に出ると遠巻きにしていた近所のやじ馬が顔を強張らせ、呆然と見ていた
そしてジルは不敵な笑いを浮かべ、立ち去り際にその聴衆に向けて大声で叫んだ。
「この時をもってイシュタールは湾岸警備から撤退する。そしてイバネマ国の商取り引きから一切の手を引く事とする。」
「ジル!!!」そう誰かが叫んだ。「おい!兵隊さんよぉ!あんた達が港を仕切ってくれるんだろうな。海賊の面倒も宜しく頼むぜ。あいつらの情報網を舐めると痛い目にあうんだぜ!」そう叫んだ男はすぐに逃げ出した。
一群の王宮付きの兵隊たちは一様に嫌な顔をしていた。
海賊と無法者の集まる港町の警備は難しい仕事だった。この街の商人は自分達で作り上げた港という意識があり、高い矜持を持っている。元々この街の住人は扱いにくいのだ。反骨精神が強く、理不尽な政令には堂々と反対してくる。
王命を持ってしても従わせることのできない治外法権はイシュタールあってこそだった。
その均衡がいま破られようとしていた。
この国を愛しイバネマの貿易を盛りたててきたイシュタールがこの国を見限った。
「くっそ…これでもうまともな商売はできやしねぇ。」暗い顔をした男がそう呟いた。
誰の思惑なのかそれとも成るべくして起こったのか事態は国をも巻き込んで動き始める。
黒塗りの厳めしい馬車に乗せられて一行は王宮に入る。
開かずの門と言われた囚人専用の裏口から、理由さえもはっきりしない罪人として彼らは牢に繋がれた。
そして湾岸ではもう異変は始まっていた。異常な数の海賊が集まり、港を遠巻きに威嚇している。
ほんの数時間の内に港は面変わりしていた。軍隊が制圧し、戒厳令のごとく見えたこの地はかつて国一番の交易の場所と呼ばれた場所だった。
そして王宮の一同は時間を置かずに国王陛下の前に引き出される。玉座に座るイバネマ国王の横にはハオラが立っていた。
右側には私兵騎士団が控え左側にはハオラが指揮する王宮魔術師達がずらりと並ぶ。
「イシュタール・ジル。皇太子リヒャルトの剣を奪い、暗殺を目論んだ罪、許しがたい。お前達商人は分を心得ていると考えていたが、買いかぶりだったか。全ての契約は破棄する。イシュタールはもうイバネマには必要ない。」
そう国王は宣言すると席を立った。初めてハオラは口角を上げた。「刑が確定するまで牢に繋いでおけ。」
一人ずつ牢に入れられた面々はハオラの周到さを感じていた。
「対魔術者仕様の強力結界付きの牢ってさぁ…ま、いいか。果報は寝て待てって、東の格言にあったよね。」
木製の手枷を重そうに持ち上げるとスバルはごろりと横になった。
舞台は王宮へ。