第37話 再会4
長い夢の中コウヤは衝撃の映像をリョウと共有していた。
その記憶は途切れ途切れで彼女の中からそれを感じていた。コウヤはその痛みも共有したのだった。
ハオラは卑劣極まりない方法で彼女の心を支配していた。
気を失うような恐怖体験の後に、彼女の前に表れ言葉巧みに懐柔していく。
ーーお前を抱きしめるのはこの私だけ。お前が従うのはこの私だけ、だと。
白い何もない部屋に彼女を閉じ込め、接触するのは恐怖を与える人間とハオラのみ。
その異常な生活にナナと呼ばれた子供は否応もなく適応させられていた。そうするしかなかったのだ。
彼女はその世界の中だけで生かされた実験体だった。
その異常さに気づく事もなく彼女はただ息をしていた。
そしてハオラが子供に対して行った非道の数々をリョウの目を通してコウヤは目の当たりにしていく。
周りに見え隠れする男達のリョウに対する下卑た笑いにコウヤは今更ながら強い怒りを覚えた。
当時のリョウは何事に対しても反応が薄かった。
しかし、ハオラが眼の前に現れると様子が一変する。リョウは分かっていたのだ。
この男が自分を蹂躙する存在だと。
言葉を知らないリョウはそれでも精一杯の抵抗をしている。しかしそれは長期に渡る暗示と洗脳によっていつしか心の奥底に閉じ込められてしまった。リョウは人格のない完全なる人形として完成されたのだった。
呪文はリョウに刻まれ、その精神を支配し雁字搦めに拘束を受けて放り出される事となる。
しかし、その前に仕上げとしてミカミ・コウヤが彼女の前に引き出される。
ハオラに変わる存在として彼の思惑通りに計画は進んでいく。予定通り彼女はコウヤを第二の支配者として認識する。
そして彼に危険が迫ればそれを排除する為に命を糧として魔術を発動する。
モントール中央将軍の長子は催眠術に掛かった様にリョウの声に操られ、ハオラの遠隔操作に従う第二の暗殺人形となった。
「ヤ、様!コウヤ様!!」覚醒する意識の中で従者の声を聞いた。もそもそと身体を動かす少年にリオンはほっとしたように笑った。喉がひり付き声が出せない。何度も唾を飲み込みコウヤは口を開いた。
「寝てたのか。」
ゆっくりと目を開くと胸に抱きこんだリョウの小さな頭が見えた。玉蜀黍のような髪が萎れている。
「どこか痛いところはありませんか?コウヤ様は3日間起きなかったのですよ。」
「…は?3日も寝てた…?」
ゆっくりとリョウを抱いていた腕を外し、上半身を起こしてみる。
「うわ…身体がばきばきいってるぞ。」
別段不調はないと思ったがやはり、何も食べていなかったせいかふらふらする身体だった。
「…うぅ…」呻き声を上げたのはリョウだった。彼女もコウヤと同じく3日間眠り続けていたのだから。
そして目を覚ましたリョウが取った行動は暫くの間コウヤは忘れる事ができなかった。。
「い・やーーーーー!!」掠れる声を力一杯張り上げてリョウはコウヤとリオンから逃げようとしている。
動く事も出来ないのかそれでも恐怖に顔を引きつらせ、ベットの中で後ずさる。
寝台が壁につけてないなければ彼女は間違いなく床に転落していただろう。
「リョウ…?」
衝撃だった。今までリョウに嫌がられた事などなかったからだ。
初めて自分を見るように彼女は怯えている。
異常を聞きつけたジルとアオイが部屋に飛んできた。その様子を見て取ったアオイはちっと舌打ちをした。
「また8年前に逆戻りかよ!」びくりとリョウが身体を震わせる。まるで幼児の様だった。
掛け布団を胸に抱え、恐怖に彼女は怯えている。じきにはぁはぁとその息使いが荒くなっていくのが判る。
「おい、リョウの様子がおかしい。」据わったリョウの瞳がぐるりと反転する。
リョウは唄おうとしていた。出ない声を無理やりに搾り出し、唄っている。
これはあの時と同じだ。「ジル、唄わせたらだめだ!喉がっ!」
ひゅーーっと大きく喉を鳴らしリョウが引き付けを起こした。
「舌を噛む!」
固く弓なりに仰け反る身体を支え、コウヤは叫ぶとリョウの口に指を突っ込んだ。
「ばか!食いちぎられるぞ!」
「うぁあっ!」思い切り噛まれた3本の指から激痛が走る。っざけんなよ…リョウが受けてきた痛みはこんなもんじゃねぇ!
コウヤは心の中でリョウに向けて叫んでいた。リョウが、彼女が受けてきた数々の非道な仕打ちはハンパねえんだよっ!
後から支えたアオイが即座にリョウを落とした。力の抜けた口腔からコウヤが血に染まる指を引き出した。
「おい、見せてみろ。」側にあった清潔な布でぐるぐると指を巻き付けコウヤは言い切る。
「大した事はない。」
その強情さにアオイは大きく溜息をついた。「ったく素直じゃないって。」
またベッドに沈んでしまったリョウをコウヤは強張った顔で撫で続けている。
「コウヤ、何を見た。」ジルの声だ。
「言えない。リョウの名誉にかけて言うつもりはない。」リョウが忘れたいなら尚のことだった。
コウヤは固く口を閉じ、一切それに触れる事はなかった。




