表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海の蒼  作者: 森野優
35/57

第35話 再会2

誰に呼ばれたのはとうに分かっていた。絶大なる拘束力を持つあの男。私は絶対に逆らえない。

そういう風に私は造られたから。周りを認識した時はもうあの場所に私は居た。

真っ白い部屋の中一人きりだった。

特別哀しいとか淋しいとは思わなかった。なぜなら比較する対象を持たなかったから。


胸の中が熱い。あの男が呼んでいる。恐怖で雁字搦めの私は拘束された動物に等しい。

イバネマに来ればこうなることは理解していた。

コウヤと居られる時間がほんの少ししかない事もオリビエに聞かされていた。


現実から引き剥がされるあの感触に身体が震える。コウヤに、私の大切なあの人を傷つけたくない。

それがタオ・リョウでいる間の私のたった一つの願い。

どうしてこんな身体にされてしまったのだろう。これは今だ存在し続ける私への罰なのだろうか。

出来損ないの私は生きながらえるべきではなかったのだろう。

そしてこれ以上は望んではいけないんだ。


皆は私を幼いと言う。情緒が発達していないと口を揃える。多分そうなのだろう。

確かに愛するという感情はよく分からない。

でも私に触れるコウヤの手は暖かくて心地よいと思う。コウヤは私を怖がらない。

アオイと同じで何年も暮らした家族のように私を扱ってくれる。

とりわけ食事は楽しそうに運んでくれた。彼の側で息絶えたいとあの晩、切望した。


コウヤに8年ぶりに逢えた。あの真っ白い部屋で私に初めて名前をつけてくれた人。

「名前」がそうだとも判らなかった私はそれでもコウヤが呼んでくれるのが嬉しくて返事をした。

会話をするという事、返事をすれば彼が答えてくれると認識できた最初の人だった。

あの男は私を恐怖で支配する。でもコウヤはたった一つの言葉で私の世界に色をつけてくれた。


だから私のこの声が彼を遠隔操作されるカギになるとオリビエが解読した時。

私の取った選択は当然だったと思う。〝声帯を潰せばいい" 私の声は楽器に似た高い音を持っていた。

私が喋ればコウヤの禁術はあの男の思惑通りに動いてしまうから。

私は短い時間でもいいからコウヤに会いたかった。

この声さえなければ彼に逢えるかもしれない。

少ない残量の命を糧として魔術を使う私はいつ死んでもおかしくない。

その前に一目コウヤに逢いたかった。

私の声など何の価値もない。だから皆に口止めをした。

その事で優しいコウヤが気に病んではならない。


現実から切り離される瞬間にコウヤを見た。

私はもうタオ・リョウではなくなるけれど貴方を害する事はないでしょう。

あの男の使う禁術は私の声なくしては発動しないから。

でも私は操られ、無様な様子を貴方に曝け出してしまう。でもそれも終わりだ。

すべて使い切ってしまえばいいのだから。

人は死ぬと何処へいくのだろうか。

残存する意識があるのなら少しの間だけでも貴方の側にいたい。


力の限り唄う声は全てを破壊する。きっとコウヤも苦しい思いをしているに違いない。

最後まで役に立たないリョウでごめんなさい。喉からせり上がる気管を塞ぐ錆味が不快だった。


もう感覚はないけれど貴方の手が側にあると感じた。

人の、人間の温かさを持ったコウヤの二本の腕が私を包む。


「リョウッ!!」


き・こ・え・た。沈む意識の中で確かに聞こえた。


最後に呼ばれるのが自分の名前なんて少し気分がいい。

名を付けてくれた貴方だから。


もし、魂というものが存在するならばどうか全て無に還して欲しい。

貴方から化け物と呼ばれる前に。


どうか果てしなく広がる海に私を還して下さい。蒼い海の中ならきっと私は自由になれる。


ねぇコウヤ、好きと言う想いは良く判らなかったけど貴方は誰よりも大切な人だった。


          ありがとう。そして、さよなら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ