第32話 王宮3
「必然的に王と王妃は仲良くないわけだ。」「まぁ父親の分からない娘を王女にする辺り、二人の間には愛情はないかもね。」
そんなことはどうでもいいといった顔のスバルだ。
「勝手にさせる代わりにコリルからの援助かなんか交換条件にしてるんだろ。ハオラがこんな美味しい話見逃すワケねーよ。」
「それで今は手当たり次第喰ってるって感じ?その中でもリオン達が見たあいつが筆頭情人でハオラに筒抜け状態。」
「それは乗ってやってるって事か?それともただの頭の悪い女なのか?」コウヤは問う。
「後者だろう。コリルでも評判の我儘王女だったそうだからな。体よく下げ渡された国王が気の毒だ。」
コウヤは陰鬱たる気分になった。厄介払いをされる王女。そしてその女性を王妃にせざるを得ない国王。
「オレは絶対に政略結婚はしないぞ。」そんな女は王女様でも絶対に嫌だ。
「あーコウヤも貴族だったなぁ…お父上に強制されたら嫌とは言えないのでは?」リジアはそう言った。「言う。」
コウヤの真剣な眼差しに皆はふっと表情を緩めた。きっと彼なら大丈夫、最後まであの少女の側にいてくれるだろう。
迎えの馬車で後宮に案内された一行は入城後にがちゃりと鍵を閉められたのを感じていた。
大広間にイバネマ国王妃とその王女は待っていた。「スバルは来ておるか。」それが彼女の第一声だった。「御意。」
後ろに立つ騎士が恭しく答える。そして部屋の中に通されたのはコウヤだけだった。あとの者は別室で待機する。
膝を付き丁寧に頭を下げるとコウヤはふたりの女性に礼をつくした。「よい、頭を上げよ。」王妃の冷たい声に彼は顔を上げた。
「イバネマ国は如何かな、ミカミ・コウヤ。」
さぁ化かし合いの開始だ。コウヤは心の中でひとりごちた。
「我が国とは比べようもない程の広さと豊かさです。感服致しました。」
まるで無表情のコウヤの返答に王妃は片方の眉をピクリと上げた。「そなたの年は。」ほら、来た。「16歳になります。」
「ここに居るセルティア王女は17歳になる。」「セルティアと呼んでも宜しくてよ。」尊大に手を突き出す王女。
「大変な栄誉と存じますが御手に触れることは叶いません。」「…なぜ?」途端に不機嫌そうに顔を顰める女性にコウヤは頭を下げる。「父が決めた許婚がおります。」「ほぅ、それは初耳だな。してその運の良い令嬢はどこに属する。」
「タオ家の長女、タオ・リョウでございます。」ぎっ、とセルティアは眼を細めた。「誰も知らない許婚がいらっしゃるのね。」
「婚約式はモントールに戻り次第、行われる予定です。」もちろんそんな予定はない。
「まぁ良い。ではそれを取り消せ。お主には王女の婿という破格の地位をくれてやる。有り難いと思え。」
んなモン、ちっとも欲しくねぇよ! 思わず声が出そうになった。「私には分不相応と存じますが。」
「それは、私では役不足と仰るのかしら。」16歳とは思えない落ち着いたコウヤの対応に17歳の王女がいきり立つ。
「とんでもありません。身に余るお言葉でございます。しかし、我がミカミ家もモントールでは上級貴族の端くれ、私の一存ではお返事は出来かねます。正式に申し込まれるのであれば家長の祖父を通して頂けますでしょうか。」
「そんな時間のかかる事はしている暇はないのだよ、ミカミ・コウヤ。」そういえばこの母子は良く似ている。尊大な所まで。
「お返事は出来かねます。」その言葉を繰り返すコウヤに業をにやした王妃は吐き捨てた。
「もう良い。この者を捕えよ!!」まるで計ったようにどかどかと入ってくる衛兵をコウヤは冷静に見ていた。 バカだな、やはり。
「お待ち下さい、王妃様。僭越ながら申し上げます。この者はイシュタールの客人でございます。理由なく捕えれば陛下も知る事となりましょう。何卒お気を静めて頂けますよう、このバースの首をかけてお願い致します。」
最後に入ってきた騎士が必死の形相で懇願する。
ーーアンタの首なんかいらないよ。-- 頭の中に響いた声にバースは眼を剥いた。誰がしゃべった??
「母上様、私はこの者とふたりだけでお話したいの。皆様席を外して頂けるかしら。」「しかし…護衛なしでは。」
「結構よ。この方はミカミ将軍の息子、私に何かなさったら戦争になりますわ。そうではなくて?」
ふん、この王女は少なくとも王妃より頭が切れそうだな。それよりこの騎士が筆頭情人か。ハオラの肝入りだけあって頭の悪い王妃を上手く操縦しているじゃないか。
ーー早く行けよ。王妃の間男さん。-- もう一度コウヤは彼に揺さぶりをかけたのだ。コウヤが仕掛けたのは念話である。
彼はイシュタールで色々な魔法を習得していた。これは魔力のない人間とは一方通行だが結構使える。特に魔法に免疫のない人間にはかなりの恐怖を与えられるからだった。
多分この男はハオラに逐一報告する為にこの場にいる必要があるのだろう。ハオラがその気になればどこかで見ているのだろうしな。どちらにしても小者は邪魔なだけだった。
その思惑通りバースはきょろきょろと辺りを見回し、声の主を探そうとしている。ぞろぞろと衛兵が出て行くと二人は向き合った。
セルティアは立ったままのコウヤに椅子を指差し、座らせた。
「普通に喋って下さって結構よ。タオ・リョウとの婚約は嘘ね。違いますか。」真直ぐにコウヤを見る王女はセシリアを彷彿とさせたのだった。金髪の長い髪を品良く纏め、白磁の肌と輝くようなブルーアイは一点の曇りも見せない。