第31話 王宮2
その数日後イシュタールは一通の手紙を受け取った。それは離宮への招待状、断ることのできないお誘いだった。
「いきなり明日の召喚だ。スバルも込みだ。」そう読み上げジルは意味ありげに笑った。
「…げっ…」天真爛漫のはずのスバルが嫌な顔をしている。
「嫌だよなぁ、王妃様の若い燕になんてなりたくないのにな。」カルロスもそう言って笑った。
「何ですかそれは。」コウヤは不審げにスバルを見た。「魔道具を収めに行った時国王陛下と王妃様にお目通りが叶ってさ~それから王妃様からお誘いがしつこい。俺はいくら王族でも年増は嫌だから。それに1回でもお城に上がってみろ、一生飼い殺しにされるのが落ちです。勘弁してくれよ、そんなの。俺まだ18だから。」達観している18歳の青年はそう評価を下した。
きつい眼差しで窓の外を睨み付けるスバルもきっと彼の目的や為すべき事があるのだろう。
「…あーそりゃあ災難だな。王妃の情夫か。そうなりたい男もいるんじゃねーの。しかし、ここはモントールより20年遅れてる。」
「遅れてる?何が。」
「王族とか貴族とかの意識だよ。暇で暇で仕様がないから下らない事ばっかり考え付くんだよ。もっと前向きな政策とか出来ないのか?」「はっはっはっ!王妃様に関しては無理だろうな。あの方は大国コリルから賜ったそれはそれは大切な王妃様だからな。まぁとにかく若い男にしか興味がない王妃様のお気に入りスバルを連れて行くのは悪くない。いざとなったら人質に置いてこい。」
「そういうコウヤだって狙われてると思うよ。」リジアの言葉にコウヤは眉を顰める。「誰に。」
「王位継承権2位のセルティア王女様。リョウが蹴ったリヒャルト皇子の妹姫だ。年もコウヤと同じくらいだし。中央最高権力者ミカミ将軍の一人息子ミカミ・コウヤ。王女様の婿として遜色はない。モントール王家が弱体化してるなら軍人でもいいってさ。」
そんなのはこっちから願い下げだ、とコウヤは鼻で笑った。
「で、あわよくば魔法使いの家系をイバネマ王国に引きずり込むって戦法ですかね?」的確な本人の指摘に大人組は失笑するしかない。
「どこだって行きますよ。その為にここまで来たんですから。なぁ、リョウ?」
まずはリョウをこんな身体にし、モントールの爆破事件で子供を殺した張本人ジギリアスことハオラをこの目で見なければ。
ヤツが何をしようとしているのか見極めて、潰す。禁術だか呪術だかをこの国に広めてはいけない。
バカな連中がハオラに唆されて禁忌を犯す前に止めてみせる。そしてこの術を解かせてやる。絶対に。
そして…優しかった母の姿が脳裏に過ぎる。良くない感じがするがあの男が何かを知っているはずだ。
でもそれはきっと自分には知りたくないであろう真実。母上は何らかの理由で自分の意志で父の元を去ったに違いない。
深い思考から現実に帰るとリョウが心配そうな顔で覗き込んでいた。「ごめんな、リョウ。」
コウヤはくるくるとその跳ねる髪に指を突っ込み頭を乱暴になでた。「今護るのはリョウ、だな。履き違えるな。」
ぼそりとコウヤは自分に言い聞かせるように呟いた。
「で、この剣は持って行くんですか?」
成り行きで奪ってしまった皇太子殿下の剣を返さなければならないのだ。「持っていってどうぞって訳にはいきませんよね。」
皇子の拙いやり方でこうなってしまったが理由はどうあれリョウは彼を蹴り、コウヤは剣を奪ったのだ。
どんな沙汰があってもおかしくないだろう。
「何も出来ないさ。リョウは大切なハオラの実験体でコウヤと二人供お咎めなしだよ。むしろ問題になるのはあの頭の足りない護衛騎士と自ら出てきたバカ皇子だと思います。一体何がしたかったんだか。もう少し見所があると思ってたけどあんなのが次期国王じゃあ益々先行き暗いな。」
現国王は完全にハオラに取り込まれている。もう何らかの呪術で懐柔されていると見ていいだろう。
だからこそルイスは現国王が退位すればまだ状況は良くなるかと踏んでいたのだ。しかし現実はそうではなかった。
第一継承権を持つリヒャルト皇子は護衛一人でのこのこと市井に現れ、王家の紋章入りの剣を奪われるという大失態を犯している。
「とにかく3竦みでも何でも結構。俺達はハオラの目的を見極めて戦争を回避する。それだけだ。」
カルロスの言葉に皆は目の色を強くする。コウヤはそれを聞いて別のことを考えていた。
イシュタールとは一体何なのだろう。彼らは一介の商人ではない。魔力を持ち隠密行動に長ける彼らの本当の目的とは。
湾岸の警備を掌握し権力に屈しない独自の人脈を持つ。少なくとも、敵ではない。コウヤはそう結論付ける。
今はもう彼らを信じるしかないだろう。明日は後宮へ乗り込むのだ。彼らの援護なしには身動きは取れない。
「王妃側の下世話な事情を教えて下さい。少しでも有利に事を運ぶ為にも。その為のスバルなんでしょう?」
「うっわ、売られた!俺!」しかし、彼の表情は笑ってなどいない。伺うようなその視線にジルは頷いた。
「では、王妃様のスキャンダルの数々を公開~。」
イバネマ国に拒否権はなかったこの政略結婚は最初から破綻していた。コリル国から押し付けられた王女様はなんと懐妊していたのだった。国王の宰相たちは悔しさに泣き、婚姻の儀に欠席した者もいたと言う。その時嬉々として儀式を取り仕切ったのがハオラだったのだ。乗り気のしない側近達に代わってその話術で巧みに王女に取り入り、我儘な彼女を上手く扱えると王の信頼も得てしまった。
古株の宰相を差し置き、国王の側近の座を手中に収めたハオラは当然のように国の政治に関わっている。
「だからセルティア姫は国王の子供じゃない。でもあの王妃はゴリ押しで国王に認知させたんだ。」
「誰の子供なんだよ…」「さあね。侍女の話だと本人も分からないらしいよ。」いいのかそれ。
とにかく王妃様のご乱行はこれだけではないらしい。そしてそれを国王とハオラは何も云わずに容認してるらしいと。