第30話 王宮1
ぱちぱちと周りで拍手が起こる。
カイは大きな手でガシガシと二人の頭を撫でた。「よし!よくやった!大したモンだなお前達。二人で王族を撃退とはなぁ」
うわっはっはっと豪快に笑うカイに二人は顔を見合わせた。「…は?王族?」
いつの間にか側に現れたルイスが呆れている。「ったく何の騒ぎだよこれは。王宮では礼儀作法ってのは習わないのか?女性をご招待するのに脅してくるとはイバネマも末期だね。コウヤその剣を良く見て。」
重すぎず軽すぎず良い剣だと思うが。柄の部分を良く見ると。「あーこれ王家の紋章ですかねぇ…」
ほら、とリョウに見せると彼女はこてんと首を傾げる。王家の紋章には興味はないようだ。しかし、これはマズイ事態なのでは。
「そうです。君達はその王家の紋章の剣をを持つ人間に蹴りを入れ、更に剣まで奪い取ったというわけですが何かご質問は。」
いたたまれない雰囲気にぎゅうとコウヤの腕に抱きついていたリョウが手を離した。
「仕掛けてきたのはあっちだぜ。嬢ちゃんは貞操の危機につい反撃してしまっただけだよなぁ」
カイの笑えないフォローにルイスは溜息を付いた。
「問題はリョウの強さをバカ皇子に知られたって事。本人がまさか出張るとは考えなかったけど次は騎士団で押さえつけにかかって来るだろうね。あー面倒くさい。イシュタールも頃合かもしれない。」
「そうさなぁ…俺もどこか遠くへ行くかな。おい、コウヤ。モントールは住みやすいか?」
すっかり話に着いていけなくなってコウヤとリョウはぼんやりと海の蒼を眺めていた。「悪くないと思います。」
「そうか。職にあぶれたらお前の家で雇ってくれるか?」「んーカイさんみたいな人だったら大歓迎です。つーか絶対軍隊にに誘われるだろうなぁ。でもカイさん嫌でしょう?」
頭を掻きながらカイは考えていた。ここには長く居すぎたかもしれない。柵ばっかりが増えちまった。
「コーヤーリョーウー!」リオンとアオイが連れ立ってくるのが見えた。
満面の笑みでぱたぱたと走り、子猫のようにふたりに纏わりつくリョウの様子にまわりの大人は表情を緩める。
つい先ほど、頭ひとつ程違う青年を難なく蹴り飛ばした少女とは思えない。
「あっちで実況中継で見てました!あの皇子ってバカ?護衛もぬるすぎるよ。あれで王位継承権第一位だろ?はっ、最悪。」
容赦ないアオイの言葉にイバネマの住民は何ともいえない表情だった。
「意地悪・嫌い・だから・蹴った。」「そうですよ。あいつリョウにすっごい失礼だった。」コウヤが彼女を援護する。
「分かるけどなぁ…リョウ、これからは蹴る前に確認な。一応アレでも皇子様だから。」ルイスの説明にリョウは神妙な顔で頷いた。
「それならルイスがやっつければ良かったのに。」「おい、3秒で男を蹴り倒すリョウを止めろって言うのか?そりゃあ無理だぜ?」
「違いねーや。もうやっちまった事は仕方ないだろ。自分の身を守る男らしい嬢ちゃんとそれ見て連係取れる坊ちゃんの働きにはおじさんは感心したよ。これで魔法使ってないんだから驚いちまう。」
「それだけこの二人は危険だって事を王宮の頭の足りない連中に理解して欲しいよ。リョウが暴走したらどうするつもりなんだろ。」
この二人の力は未知数だ。強すぎる力は恐怖を生み出すだろう。そしてこの国の人間はまだその怖さを知らない。
〝魔"を使う人間は心を暗闇に染めてはならない。〝魔"は聖でもなく神でもないのだ。
そしてそれを自分の手足とする時、魔術師は大きな責任を負うのだ。己の欲望を満たす為に魔術を使ってはならない。
これはイシュタールの掟だった。
魔術は大切な者を守るために使うものであり、害する手段ではないとイシュタールの先代はしつこく皆に言っていた。
人間の欲望は留まる事を知らない。一度手にした力はもう手放せない。そして更に強く強大な力を欲していくのだ。
その連鎖は止まらない。そうして得た巨大な力を何処かで、誰かに使ってみたいと思うに違いない。
その最たるものが"戦争"だった。
それを魔術で行えばどんな結果になるか。持たない側は完全なる降伏を強いられるだろう。
間違った方向に使い続ければこの世界は魔術に蹂躙され踏みつぶされていくのは必然となる。
誰がそんな場面を想像しただろうか。
いや、それはもう辺境の民がその身を持って知らしめたはずだった。それなのになぜ。
ルイスは廃墟と化したあの村を思い出していた。誰もいなくなった村の中心に膝をつき、慟哭するリジアの胸を衝く叫び。
あの時気まぐれに村に立ち寄って良かった。そうでなかったら自分の大切な親友を失っていたのかもしれない。
イシュタールの人間は魔力がある故に重い運命を背負っている。コウヤとリョウだけではなかったのだ。
それはルイスも同じだった。「帰るぞ。ジルが待ってる。」