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海の蒼  作者: 森野優
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第28話 イバネマ国8

ふるふると頭を揺らし目を開けたリョウは此方に向き直った。「お腹・一杯」


あまりの緊張感の無さに皆一斉に吹き出した。「なんだよそれ…」コウヤも笑いながら頭をくしゃくしゃと撫でている。

リョウは子猫のようにくるると喉を鳴らし、コウヤの膝に頭を乗せ丸くなってしまった。

「おー…膝枕。コウヤぁ代わってくれよぅ!」スバルのお願いは完全に無視された。


「餌付けは完了っと、そうじゃない。アライアが変なのとつるんでたけど放っといていいの?」

アオイは近くの酒場に女性として働いている。もちろん情報の収集の為だ。

そしてアオイは相変わらず美しい。


ジルは難しい顔をしている。「コウヤが月詠みとして覚醒した。もしかするとアライアはお役御免かもしれんな。」

アライアの星詠みの巫女としての力は年々低下しており、ただの人になるのも時間の問題だった。


アオイは先ほどの彼女と男とのやり取りを思い出していた。


アライアは苛立っていた。自分の居場所がない、そう感じていたのは子供の頃からだった。

彼女は自己顕示欲が強く、上手くコントロールがきかなかったのだ。

元々の環境には興味はない。しかし、人が持つ物はどうしても欲しくなる。

異常な嫉妬心と行き過ぎた矜持。

理由は自分でもよく判らないがアライア自身でもその性格を持て余していた。

彼女は満たされない何かをいつも探している。


裕福な貿易商人の娘として生まれ、何不自由なく育ったのだ。不満などあるはずがなかった。

その上星詠みとしての能力を認められると彼女は更に自分は特別だと思うようになったのだ。

この時代イバネマでは庶民の通う学校など整備されておらず、女性の教育などは特におざなりだった。

それでもイシュタールという商家の娘はそれなりの教育を兄弟と修めていた。そういった事も同年代の友人を見下す理由の一つだったのかもしれない。しかし、24歳になった今、彼女は特別何もしていなかった。その性格からなのかイシュタールの中枢に入れては貰えなかったのだ。

ジルは色々と理由を並べていたが彼女の本来の性格と資質が諜報を生業とする家業には合わないと判断したのだ。


悔しかった。イシュタールの皆は嫌いではない。優しくしてくれるしプライドの高い自分でも尊重してくれる。

でもそれだけなのだ。一線を引き、踏み込めない。自分より年下のリジアやスバルは一人前としてジルに認められている。

何よりも魔術師としての能力の高さは自分とは比べ物にならないのもよく判っていた。でも自分は誰とも違う星詠みなのだから。


それなのに。その力が薄れてきたのを感じていた。24歳という年齢がもうぎりぎりなのかもしれない。

星詠みの巫女は純潔でなければならない。情を交わしたときその力はこの身体を離れるのだ。だから私はひとりだった。

恋人よりも私はこの能力を手放したくなかった。なぜ?だって私は特別だから。

特別でいる為には星詠みの巫女でいなければいけない。アライアはそう頑なに思い込んでいた。


そしてアライアにとってリョウは庇護すべき子供であり、憐憫の対象だった。人形のようだったリョウが徐々に成長していくのを見るのは嬉しかったし庇護欲を掻きたてられたのだ。周りに女性の少なかったイシュタールでリョウはアライアに懐いた。彼女もそれを嬉しく思いリョウをいつになく可愛がっていた。

リョウとアオイがモントールに帰ってしまい、一番淋しい思いをしていたのは彼女だったかもしれない。

それなのに。あの男に横から来てリョウを盗られたと感じた。彼女のいた場所にコウヤが居る。許せなかった。


そして懐くリョウにも腹が立った。こんな男の所為で私を忘れるの??

彼女には〝可哀想なリョウ″の存在が必要だったのだ。自己顕示欲と庇護欲を満たしてくれる悲劇を背負った少女が。

それなのに、あの子はあの綺麗な声をあんな男の為に潰したのだ。そんなにあの貴族の息子が大切なの?

自分にはそんな存在はいない。なのにあのリョウが絶対の信頼を寄せるコウヤは何者なの!!

確かにリョウは私に懐いてはいたが、あんなに無防備な姿を見せたことはなかった。何だか悔しかった。

そんな存在を見つけたリョウにもそれを当然のように受け止めるコウヤにも。見えない絆を感じたのだ。


自分だけが取り残されていく、この胸を焦がすような焦り。そして星詠みまで私を裏切る。

このままでは私は…

アライアはふらふらとアオイの働く酒場に向かっていた。アオイは彼女を恋愛対象として見ていない安全な男性だった。

もちろんイシュタール組も同じだがこちらはジルの息が掛かっている。相手にされないもの悔しかった。

自分に近づく男性は自分を賛美し、傅く存在でなければならない。

しかし、欲望だけを押し付ける獣はお断りだった。

結局彼女は星詠みの巫女を捨てる覚悟も無く、しかし女性として扱われないのも我慢できなかったのだ。


妬み、嫉み、恨み、そういった感情は〝魔"を引き寄せやすい。

アライアはアオイにその暗い感情をぶつけ様と考え、酒場に向かって歩いていた。

彼女の身体から匂う極上の腐臭に本人は全く気づいていなかった。「あの、イシュタールのお嬢様でしたね?リズ港でお世話になった自衛団の者ですが…」後を振り向いたアライアは金髪の青年に眼を瞠った。まぁ綺麗な殿方…

お目当ての酒場の手前で彼女はあっさりと予定を変更していた。まだ暗くなるには早い時間だし、少しだけお話しても大丈夫よね?

その男と連れ立って向こうの通りに歩いていくアライアをアオイは見送っていた。

「子供じゃないから連れ戻すのもなんだし。知人って感じだったけどまずかったかなぁ。」


その日からアライアはぱったりとイシュタールに姿を見せなくなった。


「お嬢さんはどーしたんですか?リョウの顔も見に来なくなったのは変でしょう。」

カルロスが心配している。

「あの人が静かな時ってなんか企んでる時ですよ?」ルイスは失礼な事を言っている。

「自宅には帰っているから心配はいらないだろう。しかし、その新しいお友達は調べてみる必要があるな。」

ジルは重い腰をあげた。身内から面倒は勘弁してほしい、それが正直な気持ちだった。

アレを自由にさせすぎたか…彼女はもう子供ではない。だからこそ責任を持った行動を望む。

ジルは心の中でこっそり溜息をついた。

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