第24話 イバネマ国5
カルロスの言葉通り、瓶をぶら下げた三人は店に帰った。
ドアの向こうから飛んできたリョウをひょいと腕に抱き上げるとカルロスは瓶をスバルに渡した。
居間のソファーではコウヤが気持ち良さそうに寝ていた。
「ああ、コウヤは少し寝かせた。質問攻めと診られたことで疲れがでたんだろう。それよりもうご招待をうけたそうだな。リオン。」「いや…私ではなくコウヤ様でしたが。」「コウヤとリオンはセットなんだろ?どっちでも同じだよ。」「…セット。」
そんな風に見られたことはなかった。しばし考え込んだリオンだったが何だか胸が温かくなるのを感じていた。
自分は従者でコウヤは我が主だった。同列に見た事も見られたこともない。この場所はまるで自分が彼の友人であるような錯覚を覚えるのだ。否定する自制心と嬉しいと思う虚栄心が半分ずつだった。
「俺の予想では第一皇女付の王宮騎士団だと思います。」リオンはぱかりと口を開けた。「…っ、なぜ?皇女が?」
イバネマ王宮には3つの派閥が存在する。そうジルは話を始めた。
現国王ザビエとその宰相ジギリアスことハオラの一派。そして次期国王となる第一皇子リヒャルトとハオラに負けた旧宰相の一派。
そしてリヒャルトの妹で現王妃の皇女セルティアの一派だった。
国王はハオラの率いる魔道師を重用し、リヒャルトは亡くなってはいるが母方の皇族とハオラに蹴落とされた旧宰相達が付いている。
そして現王妃はコリルの第3王女だった女性だ。彼女と婚姻関係を結んだお陰でイバネマはコリルを抑えていられるのだ。
この女傑も一筋縄ではいかず、政治に口を出す厄介な存在だった。そしてその娘も第二位の王位継承権を持っている。
それぞれの軍隊を持つこの3人はお互いを牽制し、火花を散らしているのだ。
「王宮内の噂ではモントールから化け物級の魔術師が二人、入国したそうだ。この二人を懐柔し、取り込めればさぞや強力な武器になるとは思わないか。」にやりとジルが笑った。「どの陣営もふたりを欲しがっているということですか…」リオンは呟いた。
「来た早々に強奪戦とは大人気ない。でもこれはハオラの罠だな。皇女と皇子を煽り立てて利用する。どちらが勝っても二人は王宮に囚われることになる。接近戦ではリョウはハオラの暗示には逆らえない。それをまさか見捨てるわけがないコウヤも一緒に頂こうという算段だな。だからハオラは動かない。入国時に確認したのはその為だろう。あの場所で捕まえる必要はなかったのさ。」
「そんな所だろうな。暫くは今日のような事が続くと思ったほうがいい。」ジルはリオンを見た。小さく彼は頷いた。
コウヤの側のリョウは床に座り、寝ている彼の漆黒の髪を丁寧に梳いている。
「とにかくイシュタールに居る限り拉致などさせん。それよりも今日私が診た見解を話そう。」
ジルは眉間に皺を寄せた。
「私とリジアで色々と試してみたが、彼の魔方陣と禁術はかなり複雑だ。ただリョウと違って彼の魔力を増幅する物だから使っても命に関わる事はないだろう。厄介なのは暗示だ。私の意見では相互の危険に反応すると思う。リジアはどう見る。」
「発動するのはいくつもの要因がある。血の臭い、眼の前の殺人、そして恐怖。リョウがハオラの指令をコウヤに伝達した時は確実にコウヤはリョウの言葉通りに言いなりになると考えられる。でもそのひとつの鍵は壊れている。」
「私の意見も同じだ。コウヤはリョウからの暗示には反応しないし、ハオラの遠隔操作からも解かれている。」
「でもリョウはハオラからの精神攻撃や幻術には抗えないだろう。」「なんとかならないのか。」
「無理だ。リョウの核に掛けられた禁術なんだ。取り出したらリョウは命を失う。」「くっそ…!!」
「でもコウヤの存在がある。コウヤがハオラの存在を、その暗示を塗り替えることができたら道はある。」
「あの、すいません。発動するとか命にかかわるとか。お話についていけません。」リオンが白旗を上げた。
「ああ、悪かった…リオンは禁術どころかハオラの魔術は全く知らないか。ざっと説明する。」
ハオラが完成した、核を埋め込んだリョウという固体は施した禁術がハオラ自身に返らないようにする為の人身御供であること。
次に、別に禁術と呪術を仕掛けた固体をリョウを使って遠隔操作を可能とした。
二番目の固体が危険に晒されて任務が遂行できなくなる恐れがあればリョウは魔法を発動し、コウヤを護るようにセットされている。
しかし、リョウの核は命を糧として発動する。したがって使いすぎれば彼女の命にかかわる。
コウヤは自身の魔力に禁術で増幅されている状態である。ハオラからリョウを通して指示される遠隔操作のスイッチはジルの解術により外された。完全とは言い切れないがそれでハオラに操られることはないと予想される。
しかし、禁術がコウヤの中で発動した場合、どんな事が起こるのか予測できないのだ。その禁術の内容さえもはっきりとは分からない。
それはリョウにも同様の危険を孕んでいる。二人が理性を超えて暴走すれば命どころか町のひとつ位なくなるかもしれない。
そうなったら暴走を止められるのはお互いだけ。「ハオラは人間兵器を完成させたんだよ。」
リオンは震える体を抑える事ができなかった。「あの時からコウヤ様に禁術がかけられていたと…?」「ああ、そうだ。」