第20話 イバネマ国1
「お互いに術を掛け合うんだよ。遺体が使われないように。」「そんな…」コウヤは絶句した。
村ひとつが抹消された?一体何の為に?「遺体を何に使うかなんて聞くなよ。その為にこいつらは人里離れた辺境の地でひっそり暮らしていたんだからな。その後俺達はあちこち調べてまわったさ。最後の生き残りのこいつには知る権利がある。」
ルイスはその場所に長く留まるのは良くないと考え、腑抜けになったリジアを叱咤し、自国に連れ帰った。
「何が目的なのかは結局分からなかった。でも確かな筋から得た情報ではフェブリエの余波をくらったらしい、と。」
「俺達が立ち去った後、村を跡形も無く焼き払ったのはモントールの軍隊だ。」「じゃあ…軍隊が皆を殺したと?」
「いや、掌握はしていたが殺す理由がない。フェブリエを懐柔出来なかった者が今度は辺境までお出でになったと俺は考えている。」
そこでも術師の村はその申し出に首を縦に振らなかったのだろう。「しかし、全滅させるなんて術師がどれくらい必要なんだ。」
「当時水面下で多くの術師を好待遇で取り込んでいたのがハオラ教団だった。」
リオンとコウヤは愕然としていた。「今更詳細なんてわかりやしない。でも、我らは悪人に利用される事も軍に下る事も拒否し続けた辺境の魔術師だ。だから滅ぼされた。」
「それでもモントールの術師は迫害される事はない。まだ上に良識がある者がいる。」リジアは寂しそうに笑った。
「こんな事は繰り返さない。だからこそ魔術戦争など絶対に起こさせてはならない。」ジルが繋ぐ。
「イバネマは魔術の規制が緩い上にその怖さを知らない。」カルロスは言う。「戦争は領土を取り合うゲームでない。それには多大な犠牲を伴う。民の納めた税を使い、働き手を殺し合いに狩り出す。残った者はどうやって生きていく?」
「戦争を止める為の戦いだったらいくらでも命張ってやるよ?」そういうスバルは戦争孤児だった。
「とにかくここにいる人間は皆、理由は違っても平和を望んでいる。俺達は国王の道具じゃないさ。あのクソッタレ宰相に乗せられてるバカ皇子と陛下には少しお仕置きが必要なんだよ。」
コウヤはあまりの情報量にぐったりと椅子に沈み込んでいた。「今日はゆっくり休め。」
食事を済ませるとコウヤは早々に部屋に引き取った。疲れすぎて逆に頭が冴えてくる。眠ろうとする努力は奥から聞こえる甲高い声に更に邪魔をされた。段々とその声色が大きくなってくる。コウヤは聞くとはなしに耳を澄ませていた。
その会話は聞かなくてはいけないような気がした。
夢と現の間を縫う様に意識が飛んでいく。精神だけが抜け出る様な感覚だった。
急に意識がクリアになった。自分はその場所に居ないのにそこに存在する不思議な感じ。不快感は無かった。
まるで透明人間だ。
「だって兄さん!こんなのっておかしいじゃないのっ!どうしてリョウの声があんなに瞑れてしまったのよ!どうしてあの子だけがこんなに苦しまなきゃいけないのか!あんな呪いが使えたとしてもリョウの所為じゃない。あっちが何とかすれば良かったのよ!!」
あっちとは誰だろう。リョウの喉は事故ではなかったのか…?
火を吹きそうに怒っている女性はジルに良く似ている。兄弟…?
「落ち着け、アライア。そうしたいと決断したのはリョウだ。彼女がそうまでして彼に会いたいと望んだ結果なんだ。お前の考え方を彼女に押し付けるんじゃない。何かを得たいと思うときは何かを犠牲にしなければいけない時もある。お前にはリョウの選択を貶める権利はないはずだ。」ジルを思い切り睨み付けていた女性は負けていなかった。
「とにかく私はあんな貴族の息子なんて認めない。リョウに相応しい訳がないじゃないの。どうせ鼻持ちならない傲慢な我儘バカに決まってるわ。出し惜しみしないでハオラにくれてやれば良かったのに。一人では何も出来ないくせに!」
コウヤは一言一句全て聞いていた。 その時、ひやりと体に冷たい物が触れた。
「コウヤ、どこ・行ったの?」リョウの声だった。「…ん、奥・の・部屋…か・な。」「ひとり・で・行っては・だめ。戻れなく・なるから。」そう諭すとリョウはコウヤのベットに入り込んだ。ああ、さっきの冷たいのはリョウの掌だったのか。そう思った。
ひんやりとしたリョウの体温は心地よかった。背中を撫ぜる小さな手も髪を梳く感触も嬉しかった。自分は必要とされている。
すとんと眠りに落ちる瞬間に彼はリョウの体を無意識に引き寄せた。「あり・がとう…」コウヤが言えたのはその一言だけだった。
起きようとしたリョウをジルが片手で止めた。「そのままお前も寝ろ。」「でも・あさ・怒る・かな?」
「かまわんさ。第一そんなにべったり抱きつかれたら動けないだろう。朝何か言われたらそうだな…夜這いに来たとでも答えろ。」
「よ・ばい・って何?」「知らなくていい。おやすみリョウ、良い夢を。」
真っ暗な部屋の中でジルはそう言うとにやりと笑い、静かにドアを閉めた。