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海の蒼  作者: 森野優
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第16話 旅立ち7

それから4人はこれからの行程について話し合った。

もうここからは貴族の子弟でも軍人の息子でもない。注文を受けた荷を運ぶイシュタールの仲間だった。

言葉使いを改め、全ての決定権はアオイに集中する。リオンとコウヤには初めてのイバネマ行きだったし、国外に出た事のなかったコウヤに意見を言える権利もなかった。将軍の使いで時々コリルや近隣の国に出ていたリオンの方が経験値が高い。

コウヤには何となく理不尽な思いだった。「意図的に国内に閉じ込めてたわけじゃないんだろうが…。」リオンは呟いた。


確かに旅行もしたことがないのはおかしいとアオイは考えていた。「コウヤ様は箱入りだったのかねぇ」

「だからそれはやめてくれよ。オレとリオンは従兄弟でイシュタールの遠縁。今からは護衛でも主人でもない。」

「アオイは・おねえ・様。」舌足らずのリョウの言葉にほっと場が明るくなる。不思議な少女だとリオンは感じていた。

女性に対して絶対の距離を取るコウヤに嫌悪感を感じさせない唯一の少女。コウヤは幼児も苦手だった。

しかし、この年にしては成長が遅いのでないのだろうか。コウヤと同じ16歳と聞いているが見た感じでは12,3歳位だろうか。

だからコウヤ様も警戒を解いているのかもしれない。2次性徴を過ぎた貴族の女性は勢いを増す。

この世界の女性は伴侶で一生の全てが決まるのだ。その上軍人や豪族商人の出現でその均衡が崩れてきている。


結婚後の安寧と経済的庇護を求め、現在の後ろ盾に不安のある女性陣は何とかして良い縁を求める。親も同じだった。

そんな中ミカミ・コウヤは優良物件として燦然とモントール学院で輝いていたのだった。

貴族でありながら軍人屈指の戦績と最高権力者の称号を持つ男。コウヤはその息子だった。


リョウはその出自の為かその幼さのせいなのかコウヤをそういう対象として見ていないようだった。


しかし、彼女は異質だった。大人しく会話の邪魔をしない人形のように見える時もある。説明が難しいが居るのか居ないのか分からない時もあるのだ。それなのにあの異常なほどの戦闘力と殺気。


「リョウってあんまり笑ったり泣いたりしないよな。」コウヤの言葉にリョウはこてんと首を傾げた。

「よく・わから・ない。」明らかに困った顔のアオイはしぶしぶながら説明を始めた。

「これから先々、見ることにあまり疑問を持ってほしくないんだよね。」「…それは、どういう?」

嘘は言いたくないとアオイはコウヤを睥睨した。

「いつからあの施設にいたのかは分からない。私が拉致された時にはもう彼女はあの実験場にいたんだよ。」

それがどういうことか分かりますか。そうアオイは話を始めた。


子供が受けるべき当然の親の愛情というものをリョウは知らない。

研究対象としてだけの存在にして、大人の中だけで生活した彼女には自分が人としての認識すらなかった。

疑問もなく比較対象も持たない彼女は徹底した洗脳を受け成長したのだ。

「はっきり言うとリョウは感情がどういうものか認識していない。欲求も希薄だ。お腹が空いた、血が出ているから痛い、寒い、暑いなんてことは絶対に言わない。そういう風に彼女は造られた。おまけに感情を徹底的に抑制するような教育を受けてきたんだろうとオリビエは言っていた。」

一部の暗殺者集団がその昔、孤児を集めて暗殺部隊を製造していたと聞いたことがある。


「あれから八年だ。随分良くはなってきている。でもリョウは普通の子供とは相いれないし、その集団との生活は無理だろう。それからここ近年リョウは身体の成長を止めた。」「…は?」コウヤは口をぱかりと開けたまま固まった。そんな事が有り得るのか。呪いだろうが禁術だろうが人の成長を止めることができるなど聞いたことがない。

「元々リョウは魔力のない子供だ。私達はある。何が違うのか調べてみたんだよ。それは遺伝であったりするが、私はその子供の容量だと理解している。事実、詠唱で魔術を使える人間も存在する。外的な力を使うのか内なる力を詠唱で増幅して使うかの違いだ。

リョウの核は常に魔力を求めている。それは彼女の体力とか気力とかも影響するのだろう。多分その核が彼女の身体が物理的に成長するのを嫌った結果だろうとジルは言っていた。彼女の体つきをみてもおかしいと思わないか?16歳になってもまるで少年だ。」


目の前にリョウは静かに座っている。目の前で本人の話をしていいのだろうか。「だからリョウに魔力は使わせるな。」


リョウの魔術は彼女の命を削って発動する。その言葉にコウヤは立ち上がりアオイの胸倉を掴み上げた。


「ふざけんなっ!どうしてそんな!」「離せよ。誰がなんと言うとこれが事実だ。」

「だからこそオリビエはそれを使わなくていいように体術を覚えさせた。魔術を使わなくても戦えるようにリョウに武器を与えた。」


「でもな、コウヤが危険に晒されるとリョウは自動的に発動してしまう。」「なんだって…?どうしてっ!」


自分の知らないところで一体何が起こっているのか。


「だからリョウはオレの盾になるって言ったのか!!」「ご明察。言ったというか刷り込まれてるらしい。」「…っつ!!」

2重のショックだった。

この小さな少女が犠牲になった大人の思惑と鬼畜な術式。8年経った今でも引きずる後遺症とその悲しい過去。


そして成長出来ない身体と刷り込まれた盲目なまでの忠誠心とは一体何を意味するのか。


それよりもリョウの自分に対する好意が作られたものだと知ったのがコウヤには一番痛かった。

「なんだ、オレはリョウに好かれたかったのか。」すとんと気持ちが落ちてきた。「…情けねぇ。」


よく考えてみろ。オリビエ殿の命令でもない限りこんな小さな少女が自分の護衛につくなんて考えられないだろう。

そこまで辿り着くと少し気持ちが楽になった。


女々しく呆けていたコウヤを覗き込むリョウの二つの瞳が目の前にあった。「…うわっ、近いっ!」

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