第13話 旅立ち4
オリビエは静かに詠唱を始める。大地の力を呼ぶその声にコウヤが反応し、目を開けた。
しかしその瞳は本来の色ではなく青く光って見えたのだ。
「これがイジリアスに埋め込まれたもう一人の君、か。」しかしコウヤはまるで人形のように動かなかった。
その次にオリビエはコウヤに幻術を見せたのだ。眼の前で戦いが起こっているように錯覚する得意の眼晦ましだ。
コウヤの反応は薄かった。瞳は動いているが自分から動こうとはしていない。「これまでか。」
オリビエが幻術を解こうとした時、リョウがぼそりと呟いた。「私が・やる。」
「解けるのは・私だけ。」リョウはコウヤの耳元で何やらぶつぶつと囁いている。
ゆっくりとコウヤの眼の色が元に戻るとその体からがくりと力が抜け、倒れた。「それは解呪法ではないのか?」
「違う・ただ・私の言葉で・いい。」「何も特別な言葉でなくていいのだな。」「そう・だから・私は・側にいる。」
少なくとも彼を正気に戻す事ができるのだったらリョウの存在は役に立つだろう。
しかし、コウヤが反応するのは上級の精霊魔法だ。こんな魔法を使える術師はごく一部しかいない。軍部の子飼いか国王の護衛部隊辺りなら多少は使える正規の術師を揃えているかもしれないが、カラスならどうだろうか。
眠るコウヤの世話をリョウに任せるとオリビエは執務室に移動した。足元に魔方陣を仕立て、ぼんやりと浮き上がったのはオリビエに似た男性だった。
「お久しぶりです、兄上。まさに同時進行ですよ。こちらもキナ臭くなってきました。」彼は興奮気味にそう伝える。
「お前は楽しんでいるのか。全く緊張感のない。さて本題だが一日も早く4人を其方に出そうかと思うのだがな。コウヤの呪いと暗示と禁術は私の理解を超える。それにリョウが居ればは彼を暴走させないだろう。」
「そっちは良いとしても、ミカミの長子はリョウさんを止められるのか。其方の方が重要だ。」
「まだ分からないが多分上手くいくだろう。」「兄上、多分では困るのですがねぇ…」男は苦笑している。
「まぁ仕方ないでしょう。私もあの男の作品には興味がありますし。ザビエ陛下の周りも活気付いてきたのはハオラ宰相様のお陰ですよ。運命の子供達を歓迎いたしましょう。我が戦場イバネマに…」
コウヤの知らない所で話は進んでいた。
「…頭が痛い…」その声にリョウが振り向いた。部屋に居たのはリオンとアオイも一緒だった。
「コウヤ様大丈夫ですか?」額に冷たい手を当てるリオンの存在に体の力が抜ける。リオンはどんな時でも側にいた。
リオンとの絆は誰よりも家族よりも強いと信じている。リオンが居なかったらきっと自分は生きてさえいなかったと確信する。
リョウが温かくした薬湯を運んできた。「タオ家の万能薬。」ぐいと口元に突き出されコウヤとリオンはその匂いと色に顔を顰めた。「美味しくないけど…はっきり言ってとても不味いけど、効きます。約束する。」
太鼓判を押すアオイはその香りを避けるように部屋の端に移動している。「確かに効きそうだけどなぁ…」コウヤはひとりごちた。
「リオン、味見してみないか?」生涯の忠誠を誓った従者にはあっさりと逃げられた。
にこにこと笑うリョウはその大きな薬湯を捧げ持っている。「くそ、負けるか。」観念したコウヤはそれを勢い良く呷った。
「~~~~!!」余りの不味さにコウヤは声も出せずに悶絶する。「コ・コウヤ様…?」「おー大したもんだ。さすがコウヤ様。今までこれを一気に飲めた人を見たのは初めてだ。」では人でなければ飲めると言うのか。絶対に無理だ。これで頭痛が治らなかったら暴れてやる、とコウヤは涙目でリョウを見た。
何を思ったのかリョウはコウヤの頭を自分の胸に抱え、撫で始めた。「えっ?」固まった二人にアオイが説明を入れる。
「他意はないから。可哀想な兄を慰める妹、くらいに考えておいて。」しかし、この体制はあまり宜しくないのではないか。
「リョウはね、精神年齢7-8才ぐらいだから。」あの劣悪な実験場で長期間モルモットにされていたリョウには色々と問題があった。
「でも、学院では普通でしたよ?それにあの講義は子供が理解できるものではありませんし。」
「学院でのリョウは貴族のおばかさん達を真似たからね。学力はそれとは関係ないし、彼女は優秀だよ。君も知ってるだろ。」
真似とはどういうことだ。精神年齢が7-8才?それは情緒に問題があるってことなのか?
「他の子供と違ってリョウは全く他の部屋に隔離されていた。」
イジリアスは他の子供にとリョウは一切接触させず、研究員にも隠していたらしい。年嵩だったアオイは若い研究員と仲良くなり、色々な情報を得ていた。その研究員も最初は教団の信者として手伝いをしてたのだ。しかし、実験場の内部を知るにつれ罪悪感と恐怖に怯えるようになった彼はアオイを話し相手とし、その重圧から逃れようとしていた。
リョウの世話をさせられていた青年は完全に隔離され、動物のように扱われる彼女を目の当たりにし苦しんでいた。
子供達を誘拐し、人体実験を研究と言う名の大義名分で誤魔化した狂気の集団を彼は見ていたのだ。
そして彼はある日、捕まる事を覚悟で教団を脱走した。子供達を自分ひとりで助けるのは無理だと考え、資料室に火を放ちそのおぞましき実験場を世間に知らしめたのだった。