第12話 旅立ち3
大立ち回りの後、もう日は翳っている。リオンもコウヤもくたくたに疲れていた。
それによく見るとこの屋敷には人が少ないのだ。先ほどは人払いをしていたのかと思っていたがどうやら本当に最小限度の人数しか雇っていないらしい。ミカミ家とは大違いだった。郊外に屋敷を構え、それには不似合いな大きな敷地と堅固な護り。
コウヤはどういう位置にタオ一族がいるのか少し理解が出来たような気がした。そしてこの人たちは自分を護る術を持っている。
父親に喰い付く位しか能の無いオレとは違う。今日はいくらでも落ち込める。逆に清々しいくらいだった。
簡単な食事の後オリビエは続きをコウヤに語り始めた。
「イジリアスの研究の内容は洗脳と人間を操る幻術と言われていた。でも私は少し違うと思っている。」
「君とリョウが完成形だとするなら。」
「あの男はとんでもないものを作ったことになる。」
オリビエもイジリアスの実験を見たわけではない。しかし、教団内の資料とアオイの話を総合して推測した結果だった。
彼は禁術とされる人為的に術を増幅させる核を浚った子供に埋め込む実験を行っていたらしい。
それも全く素質の無い子供に強制的に行ったのだ。禁術とはその反動から術者が命の危険に晒される事やあまりに非人道的な術式である為に禁止された物である。全く素質の無い子供に核を埋め込めばただで済むはすが無い。アオイが見聞いた所ではかなりの数の子供達が精神に異常をきたし、ある子供は怪物のように姿が変わったとも言う。「鬼畜かそいつは。」嫌そうにコウヤが呟いた。
「その唯一の成功例がリョウだ。」「ジギリアスは更にリョウを媒体にして禁術を使い、第三者に術を落とし込む方法を完成させた。その場合、その負荷と反動は全部リョウが受けることになる。あいつはもう人間の皮を被った人外の生物だと言っていい。」
涼しい顔のアオイはリョウをぐいと引き寄せる。
「そのとんでもない術式に掛けられたリョウのお相手を探していた。その上あいつは禁術と呪術を合わせた危険な術式も編み出していたしな。ま、どちらにしても多少の素質を持つだけではリョウの魔力は受けきれなかった。私はそっちの方はクリアしたらしいが自我の強すぎるガキはイジリアスの暗示には抵抗したみたいだな。」
「そして次に実験台に上げられたのがミカミ・コウヤ、アンタだよ。ミカミ家直系の君はあいつの生贄にされた。その場所に来たのはミカミ・セシリアも一緒だった。」「…っつ!誘拐に母上が糸を引いていたと言うのか!!」
「さぁ私には分からない。でも強制されている様には見えなかったよ。君は覚えていないのか。」
「あの日から病院で目が覚めるまで真っ白だ。」コウヤは思い切り両の拳で膝を叩いた。情けなかった。どうして何も思い出せない。
「私が更に忘却の術をかけたのだ。思い出せるはずがない。君は真実が知りたいと言った。何度も言うがそれは知らなくてもいい事実かもしれないぞ。先ほど私は術を解いたのだ、少しずつ思い出すだろう。」暗い顔でオリビエはそう言った。
この二人には真実など見せない方がいい。しかし、賽は投げられた。周り始めた歯車を止めるにはあの男にこの世から退場願うしかないのだ。この少年は我が娘を守れるだろうか。彼女に人並みの幸せを望むのは罪なのだろうか。
「母上はもういいです。オレもどこかで分かっていた。ミカミ・セシリアは自分の意思で失踪したんだと。」
強張り、ぶるぶると震える肩が痛ましかった。
信じていた家族に裏切られるというのはどんなに辛い事なのだろう。
リョウもアオイもリオンも両親を知らない。なければ失う物はないのではないのではないか。
慰める術を持たない3人はただ小さく見える背中を見ていたのだった。
「私は解術は得意でない。しかしある程度なら見極められると信じている。コウヤ君、君の中を診せて貰いたいのだが、どうだろう。」コウヤは顔を上げて頷いた。「オレも知りたいです。自分の中にどんな禁術が潜んでいるのか知る権利があります。」
即座に立ち直る少年の気概にオリビエはそっと溜息を付いた。もうこれだけでも十分な衝撃だっただろう。しかし闇の扉はまだ開いてもいない。これから知る事実と自分の提案をこの少年は受けるだろうか。全く嫌な役割だと思った。生きられなかった自分の娘とリョウを重ねて見てしまったあの時から自分は最後まで見届けると誓ったのだ。どんなに悲惨な結果であっても私はこの目に記録する監視者なのだから。屋敷の奥の自室へとコウヤとリョウを誘い、最初の解析にオリビエは精神を集中させた。
どうか予想が外れていて欲しい。そんな願いを胸に少しずつコウヤを探っていく。
離れた場所にリョウがぺったりと床に座り込んでいる。側におかないのは引きずられない為だった。
正直、この二人がどう共鳴するのかは全くの未知数だ。しかし、これまでの調査とアオイの話を総合すると彼らはお互いのストッパーとなるはず。
「あった…」オリビエは悪い予想にまず辿り着いてしまった。コウヤの中には禁術と呪術が複雑に絡み合っている。とうてい自分には手に負えない高度な術式だった。それでも多少の解析を試みる。解く事は出来なくても発動しないように対策があるのだとしたら。
小一時間ほどコウヤを視たオリビエは彼と会う前にリョウがした決断が間違っていないことを確認した。
これならコウヤとリョウが一緒に行動しても危険は無いはずだった。「…っ!もう一つの起爆要因があるのか!?」
「試してみるか。リョウ此方へ。」オリビエは愛娘を側に呼ぶと静かに言い聞かせる。
「もしコウヤ君が暴走したら、分かるな?」薄青の服を着た少女は緊張した面持ちで首を縦に振った。