第11話 旅立ち2
赤い血に頬を染めた少女は怜悧で凄烈な美しさに立っていた。
まるで幻想の世界から抜け出てきたかのような白いワンピースの裾が風邪に靡く。
この人数の賊を殆ど一人で倒したリョウをコウヤはぼんやりと見ていた。
驚きよりもその存在に心を鷲づかみにされた。
血生臭い戦闘の中ににあってどうしてこんなにも彼女は美しいのだろう。
まるでリョウはこの世の人ではないような感覚にコウヤは囚われていた。
言葉を発しない彼女は何事もなかったかのように顔を拭い撤収する。
「コウヤ様お怪我はありませんか。」「…ああ、大丈夫だ。」パンパンと服についた泥を落とし立ち上がる。
がらがらと馬車が木立から姿を見せる。
「コウヤ君、ミカミの屋敷が燃えているそうだ。どうやら帰る必要はないぞ。」「なんだって!?」
リオンとコウヤはオリビエを睨み付けた。「それが本当ならなぜ貴方が知ることが出来る。」
オリビエはにやりと笑い、ぱちんと指を鳴らした。肩にとまっていた黒い鳥は口を開け煙を吐き出した。
ゆらゆらと形になるそれは大きく広がり燃えるミカミ家の屋敷を映し出す。その揺れる景色にリオンとコウヤは息を呑んだ。
一体何が起こっているのか。自分達の知らない所で闇が動き始めているのか。ぞくりと背筋に震えが走った。
「こういう便利な魔法が得意でしてね。とにかく燃えているのはお屋敷だけで怪我人はいないようです。我々も撤退いたしましょう。こうなった以上貴方は常に狙われると考えていい。どうやらすぐにでも全部お話しなければいけないようです。戻りましょう。」
有無を言わせないその言葉にリオンとコウヤは大人しく馬車に乗り込んだ。タオ家の周りには先ほどには見えなかった護衛の姿が見える。コウヤは自分がいかに大切に守られてきたのかを漠然と感じていた。子供じみた反抗心を父親に叩き付け、その恩恵に与ってきた。「一人で立っていると思ってたのは何処のバカだ。」コウヤは自分が情けなくて笑えてきた。
「君達は被害者だった。しかし、今はもうそれだけでは済まなくなっている。立ち向かう気概はありますか?」
「不本意ですが完全に巻き込まれている。いきなり襲われるのも気分が悪い。知らないヤツに人生いじられるのも許せない。」
安心したように見るオリビエはゆっくりと頷いた。
「王族と貴族の確執はとりあえず割合します。関わってはきますが、まずはタオの役割についてお話しましょう。」
タオ家は一言で言えば間諜を生業とした一族だ。オリビエはその主は明かさなかったがモントール人ではない事は確かだった。
商人に身をやつし色々な国に潜伏し、情報を集めているのだ。モントール以外の国では一族はタオとは名乗ってはいないらしい。
「ジギリアスはイバネマに亡命し、潜んでいます。それも莫大な王家の情報を持ってイバネマ第一皇子に取り入った。
そしてミカミ・コウヤとタオ・リョウも他国へ売り込むお土産のひとつにしたようですな。」
不審げに眉を顰めるコウヤにオリビエは続ける。
イジリアスの最後の研究は魔術の素質を持たない子供に、それを埋め込む禁術と魔道の家系にある子供との連動だった。
術と暗示に掛けられた子供は任意の事象で発動する。「あの一連の事件はその男が仕組んだ事だと・・?」
「いかにも。ミカミ家の火事も多分同様だろう。」「止められないのですか。」オリビエは首を振る。
「あれから8年も経っている。保護された子ども達は何も覚えていない。問題は何が理由で発動するのかも判らない。」
リオンはぐっと下唇を噛んだ。「ではコウヤ様も操られる可能性があると仰るのか。」「ああ、それも確実に。」
門が開き馬車はタオ家の敷地内にやっと着いた。後ろから馬でついて来たアオイとリョウはさっさと姿を消している。
「使いに手紙を届けさせます。君は将軍の側にいないほうがいい。これから国内は混乱するだろう。
ミカミ将軍はこの国を動かす重要人物です。この騒動に乗じて父上の足元を掬おうとする輩もでてくるでしょう。」
「オリビエ殿、一つだけ貴方に尋ねたい。貴方はどちら側に属する人間なのですか。」
オリビエはくい、と口角を上げた。「君は自分の味方かとは聞かないのだな。まぁいいだろう。その質問だが、私の主はどちらでもないと答えておこう。タオは権力者側にはつかないのが鉄則。モントールでもイバネマでもコリルの手先でもない。」
「ではなぜ、オレを助けるのですか。」
「それは貴方の存在がが火種となるからです。どちらにも与さない我々ですが傍観するほど偽善者ではない。要するに貴方とリョウを生かすことがタオと主の総意です。利害が一致していると考えて下さい。」
口を挟んだのはリオンだった。「しかし…この先、敵となる可能性もあるのでしょうか。」
全くリオンの言うとおりだった。ある日突然寝首を掻かれるのか。それも悪くないかもしれない。コウヤはにやりと笑った。
「それで結構です。大人しくやられるつもりはありませんが、今尻尾を巻いて逃げるより貴方の話に興味があります。」