第10話 旅立ち1
「なぁリオン…あんな子供に護衛って、オリビエ殿は何を考えているのかよく分からないな。」
確かにコウヤは戸惑っていた。初めて興味を引かれた女性が自分の盾になるとは。
「コウヤ様がオリビエ殿を信用するのであれば悪くないと思います。それにまだお話になっていない事は沢山ありそうですし。」
コウヤはこくりと頷いた。オリビエの齎した情報は信憑性がある。
少なくとも自分を取り込もうとしている感じはなかった。アオイもリョウも同様だ。
「しかし、嫌な感じだな。オレの知らない所で何かが起こっている。そしてその渦中に置かれてる…か。」
タオ家からの帰り道、そうコウヤは一人ごちた。
その日から退屈な、ある意味平穏な日々は終わりを告げた。
50年毎に行われるモントール王国の祭りがある。建国の始祖を護る神木が森の奥深く眠っていた。
一代目の国王の時代から存在すると伝えられる大樹を祭る50年祭が今年、行われる。
伝承ではその神木と対話できる人間は世界を動かすと言われていた。そしてその加護でモントールは列国に屈しないのだと。
国の定める宗教とは別にその言い伝えは人々に信じられていた。あの神木がある限りモントールはここに有り続ける。
「近頃妙な噂がありましてな。50年祭に災いが起こり国が危なくなる、と言われておりますが…」
誰かが意図的に噂を流布してるとしか考えられない。隣国コリルとイバネマの動きも見過ごせない状況だ。
確かに50年祭の度にモントールは危機に晒されてきた。しかし、それはあの大樹とは関係の無い事だと思っている。
たまたまそういう時期に国同士の軋轢があっただけで昔とは違うのだ。権力が集中していた王制はもう存在しない。
モントールは開かれた国であるはずだ。いや、そうありたいと思っている。ミカミ将軍は自身の執務室で片手を額に当てる。
ある一部の貴族の意識は未だに100年前と変わらないのはなぜだ。国益という単位で民を見ていない。
領地で納められる税収は自分達の物だと信じて疑わないバカ者が多数存在するのだ。
施政者はそれを民に還元しなければ彼らは国を見限るだろう。どうしてその単純な理屈が理解できないのか。
「将軍!!お屋敷に火がっ…それもただ燃えるだけではなく何かが爆発しているとの知らせです!」
「なんだとっ!それで屋敷の中の者達は無事なのか。コウヤは…リオンは何処にいる。」
「コウヤ様とリオンはまだお帰りになっていないそうです。確かな情報です。お出になりますか?」
「いや、皆無事ならばすぐには動かん。賊の待ち構える所に行くつもりはない。」
被災者への指示を与え、トウマは配下の軍人を呼びつける。
その頃リオンとコウヤはタオ家からの帰り道、何者かの襲撃を受けていた。「リオン、オレの剣は。」「こちらに。」
御者はすでに地に倒れ付している。じんわりと流れ出る赤をコウヤは睨み付けた。
「無駄な血を流すのは大嫌いだ。」
「行くぞ、リオン。」背中を預けた従者は複数の殺気をその体にひしひしと受け止めていた。
「御意。」
キン!!振りかぶった剣を横になぎ払う。重い太刀筋だとリオンは荒い息の中で冷静に判断していた。
こいつらはただの賊ではない。傭兵くずれかプロの暗殺者…とにかく訓練された人間なのは確かだ。
「コウヤ様、離れないで下さいよ。狙いはどう見ても貴方だ。」「っ!」右、左と辛くもかわしたコウヤは体勢を立て直した。
「しっかし、人数が多すぎるな。」どう控えめに見ても防ぐだけで精一杯だ。
その時だった。
コウヤ側にいた3人が吹っ飛んだ。「ぐぇっ!」奇怪な叫び声を上げて転げまわる人間をコウヤは呆然と見詰めた。
「アンタはこんな所でこんな雑魚に倒されちゃダメだよ?」
薄笑いを浮かべ近づいてくるのは先ほど別れたばかりのタオ・アオイだった。「どうやって倒した!!」
思わず叫んだコウヤは今度は背中の光景に固まった。「おい…なんだよこれ。」
ひゅんひゅんと空気を鳴らしてリョウがあっと言う間に賊を地面に沈めていく。
しなる鞭のような物に球体の重しがついている。それを振り回す白い服の少女は難なく敵を倒していった。
その武器は、剣に絡みつき引き付け、跳ね飛ばす。賊は空を飛んだ剣を取り戻そうと体勢を崩した。「ぅああああ!!」
その得物を回収したリョウはあっさりと懐に入り込み鋭い蹴りで男を沈める。いつのまにか賊は全て片付いていた。
「リョウ…やり過ぎ。コウヤ様に嫌われちゃうよ?」慌てて振り返る小さな少女の顔は赤く返り血を浴びていた。