第1話 序章1
遥か先に男性同士のカップルの描写があります。蔑視でも肯定でもなく、世の中に常に存在する現象として書いております。ご了承下さい。(BLではありません。)
国王の宮殿がある帝国首都モントール。煌びやかな外見とは裏腹なその正体。人の想いと打算を携えて運命は回り始める。
ここは帝国の最高学府モントール中央学院。
国中の選りすぐりの頭脳と運動能力に秀でた子供達が学ぶ学校である。しかしそれはある一部の特権階級の子弟ばかりが集まるある意味人生の縮図とも言える場所とも言えた。そして金と権力と利権が渦巻く政治の場でもあった。
「ちょっと…コウヤ様来てるわよ。何ヶ月ぶりかしら?私、ご挨拶に伺うわ。」少女は素早く身なりを整えると妖艶に笑う。
「ミカミ・コウヤ様?学園ではお久しぶりですわね?先週西将軍様のパーティでは遠目に拝見致しましたけれど」
先ほどの笑みを引っ込め、小首を傾げて可愛らしさを強調する。
−私に落とせない殿方はおりませんのよ。
腹の底から高笑いが聞こえてきそうだった。コウヤは、ミカミ・コウヤと呼ばれた少年は行く手を塞ぐ高慢な少女をちらりと目の端に入れると完全に無視をした。まるで存在しないかのように通り過ぎるコウヤに上等なドレスに装飾品で飾った少女はぶるぶると両の拳を震わせ、立ち尽くす。
賑やかな朝の時間を凍りつかせた少年は明後日の方向を向き、笑っている。
西、東、南、中央の都市を持つこの国は王政を取っているが紛れもない軍事国家だった。
それぞれの都市を統べる宰相は将軍職を兼任している。
実際に議会を牛耳っているのは軍人の上層部だった。
徐々に王族と貴族が政治から締め出される中、貴族でありながら将軍にのし上がった男が中央に居る。
彼の名前はミカミ・トウマ。帝国の最高権力者であり東方の一番神に近い一族の流れを汲む貴族だった。
コウヤはそのミカミ家の長男として生まれた。
遥か昔、ミカミ家はその高貴な血故に東の島国を旅立ったと言われている。魔術師が生まれるという噂や未来を予言する巫女がいるなどど伝えられ時の権力者に利用され、ある時は迫害され牢に繋がれ奇跡を強要されたとも言う。
しかし、今の時代にはそれは真実ではなく貴族の称号を持つただの人間としてミカミ家は存在していた。
もう随分講義には来ていない。コウヤは無駄に広い講義室でダルそうに欠伸をした。
ちり、と首の辺りが焼ける。
その熱をやり過ごし、彼はゆっくりと後を振り返った。「誰だお前。」
射殺せそうに睨み付けた視線を少女はやんわりと受け流し、席についた。
「何者だ。てめぇ…」コウヤは音を立てて立ち上がった。
一触即発の雰囲気に席に着いていた生徒達が一斉に移動を始める。「巻き添えはごめんだっ!」
この少年、学院で学ぶ必要が無いほど秀でているらしい。運動能力も申し分ないと噂では囁かれている。
しかし…性格は最悪だった。16歳という年齢でこれ程素行の悪い生徒は学院創設以来と言われているのだ。
めったに講義には現れず、出てきたと思ったら辺り構わず喧嘩を吹っかけ相手を完膚なきまでに叩きのめす。
上級貴族の長子で中央の最高権力者の息子でありながらコウヤは誰が見ても問題児であり、講師から恐れられていた。
関係者は関わりを避け、彼が問題を起こす度にもみ消す学院側はコウヤの入学からたった1年でさじを投げていた。
そして周りの生徒達の反応も同様だった。最初のうちこそ将軍様の後継者ということで近づいた運の悪い生徒達はもう2度と関わるまいと心の中で誓ったに違いない。それでも女の武器でなんとか縁続きを狙う身の程知らずの女性達は存在した。
「はいそこ。ミカミ・コウヤ君、その必要の無い殺気は仕舞って下さい。でないと退場。ちなみに今日帰ったら留年決定ですよ。もう1年勉強したいのならお好きにどうぞ。それからその子は君の相手にはなりませんので心配ありません。」
にこにこと大声を張り上げるミシェール講師は唯一学院内でコウヤを扱える猛獣使いとして知られている。
もういい、といったジェスチャーで大人しくなったコウヤはまだ先ほどの少女から視線を離さない。
ーこいつは何者だ。初めて見る顔だけどどこかで会った事があるのか…?嫌な感じはしないがあの気配は普通じゃなかった。絶対に何かを隠してるに違いない。でなかったらさっきのがこんなぽやぽやした人間のはずがあるか!!
コウヤは心の中で叫ぶと自分の斜め前に腰を下ろした茶色の髪の少女の観察を始めた。
小さい頃からコウヤはこんなに疑り深く人間不信だったわけではない。
強い父親と美しい母と生まれたばかりの妹が居た頃コウヤはミカミ家の長男として幸せな暮しを謳歌していたのだった。
ミカミ・コウヤ 上級貴族ミカミ家の長男16歳 性格に難あり。
ミカミ・トウマ ミカミ家当主 50歳
ミシェール・ハマン モントール学院政治経済講師 45歳