僕の冒険はタルの中で夜明けから昼まで
冬童話2025参加作品です。
ドラゴンを倒して国を救った英雄が、僕の村に住みはじめて10年。ジョンソンさんは村でつくっている葡萄酒が好きだからここに来たらしい。
ジョンソンさんは面白い話を聞かせてくれる。ドラゴンを倒した話、お姫様を助けた話、魔法使いの話、そのほかにも色んな国の話を。
たくさん冒険をしたから、これからはゆっくり暮らしたい、それが幸せなんだって笑っているけど。
でも本当は違うと思う。
きっと怪我をして剣を握れなくなったから王様に追い出されたんだ。
だって僕は見たんだ。
前にジョンソンさんの家に遊びに行ったとき、僕が来たことにも気づかず、机に向かって一心不乱に何かを書いていた。
いつもはニコニコ笑ってるのに、凄く怖い顔で、たまに汚い言葉を吐いていたんだ。
僕は見てはいけないものを見た気がして、そのまま黙って帰った。でもすごく気になったから、ジョンソンさんが留守のときに、こっそり何を書いていたのか確認したけど、外国語で書かれていて読めなかった。
(読めなくてもわかる。あれは言えないことがたくさん書いてあるんだ。王様の悪口とか)
それから僕はジョンソンさんが心配で、気づかれないように様子を見ることにした。
ジョンソンさんは大体本を読んでいる。そして怖い顔で何かを書く姿もたまに見かける。傍には葡萄酒がいつもあるからお酒が好きなのは本当らしい。
だけどある夜、ジョンソンさんは空を見上げて涙を流していた。
(ほら、やっぱり悲しいんだ……)
僕は王様に文句を言いに行くと決めた。
でも村の外に出たこともなく、お城がどこにあるかわからない僕には何もできない。どうしようか悩んでいたら、思わぬ幸運が父さんの口からもたらされた。
「今年はうちがお城まで葡萄酒を運ぶことになった」
僕の村は葡萄酒が有名で、村の人のほとんどがそれに関わる仕事をしている。もちろん両親も兄ちゃんも。そして毎年、葡萄酒ができたらお城に献上するのだけれど、今年はうちが運ぶ役らしい。
「僕も連れて行って!」
「カールは11歳だろ。14歳まで我慢しろ」
父さんに頼んだのに、兄ちゃんがえらそうに僕に指図をするから、僕は兄ちゃんを軽く小突いた。
「乱暴な子は連れていけないなあ」
父さんは笑いながら、僕の頭を撫でた。
僕はあきらめずに出発の前日まで頼み続けたけれど、父さん首を横に振るばかり。
だから僕はコッソリ行くことにした。
お酒を運ぶ荷馬車に積んであった、空の樽の中に隠れて。
出発は明け方。僕は夜中のうちに樽の中に入った。
黙って出たら母さんが心配するだろうから、ベッドには手紙を残した。ジョンソンさんの書いた紙は、酔って寝ている隙に何枚か持ってきた。王様に見せてやるんだ。
ガタガタと音がして、荷馬車が動き出す。
出発して、すぐに眠くなってきた。
夜中は緊張してよく眠れなかったし、馬車の揺れが心地よくて。
夢を見た。
僕は冒険をしていた。
大きな剣を持ってドラゴンと戦い、仲間と共に人を助け、みんなが幸せでみんなが笑っていた。
目が覚めたらまだ昼だった。僕は樽から出ていて、父さんに膝枕をされていた。
「どこか痛いところはないか?」
怒られると思ったら心配されて、僕は勢いよく起き上がって「ごめんなさい!」と謝った。
父さんは怒っていないわけじゃないと言った。
勝手に行動したこと、ジョンソンさんの断りもなくジョンソンさんのものを持ち出したこと。
なにより、お城に献上するものに紛れて城内に入っていたら、命がなかったかもしれないこと。
一つ一つ説明されて、僕は大変なことをしたと心から反省した。そして僕がこんなことをした理由を全部説明した。
父さんは僕の話を黙って聞いていたけど、話し終えると、「カール、王様はジョンソン様を追い出したりしていないよ」と言った。
「ジョンソン様には奥さんと息子さんがいたのだけれど、流行病で二人とも亡くしてしまったんだ。それがとても辛くて、家族と過ごした場所にいられなくてうちの村に来たんだ」
「そう、なんだ」
「うん、でも自分の昔話を聞いて目を輝かせる子ども達と接しているうちに、生きる目的をまた見つけたんだと言っていたよ」
「目的?」
「冒険の物語を広めたいと思うようになったそうだ。それで小説を書き始めたんだと」
(あの紙には悪口じゃなくて物語が書いてあったのか)
「実は夜明け前に、ジョンソン様が訪ねてきた。お前が何をしたのか気づいていたが理由があると思って聞きにきたんだ。それでお前の寝床に行けば手紙が置いてあって、慌てて樽を開けてみたらお前が眠っていた」
「え? ずっと起きていたと思っていたけど、寝ちゃってたの?」
「ぐっすり寝ていたぞ。それで皆で話し合って、少しだけお前の冒険に付き合うことにしたんだ」
「そっか。僕の冒険はずっと寝ていただけかあ」
「でもカールはすげえよ。俺は14歳まで村の外に出られないことに文句ばかり言ってたけど、樽の中にもぐりこもうなんて考えもしなかったぞ」
兄ちゃんが珍しく僕を褒めたけど、
「人に心配と迷惑をかけたのは駄目だけどな」と小言も忘れなかった。
結局僕をお城に連れて行くことはできないからと、僕は隣町で迎えを待つことになった。迎えに来たのは母さんじゃなくてジョンソンさんだった。
ジョンソンさんは笑顔だった。
「勝手に持ち出してごめんなさい」
あれが物語だったから良かったけれど、もし本当に王様の悪口が書いてあったなら、ジョンソンさんは罪人になるかもしれない。そんなことも想像できなかった自分が情けなくて、涙がこぼれる。
ジョンソンさんは、「謝らなくていい。わたしのために怒ってくれてありがとう」と僕の頭を撫でた。
帰りは馬車だった。そこでジョンソンさんが色々と話してくれた。ジョンソンさんが怖い顔で物語を書いていたのは、思うように書けなくて自分に怒っていたこと。外国語だったのは、生まれ故郷の言葉が書きやすかったから。そして泣いていたのは家族を思い出して。酒に溺れかけたけれど、僕たちにみっともない姿を見せるわけにはいかないと英雄だった自分を思い出したこと、とにかくたくさん。
僕は夢の中でたくさん冒険した話をした。それはジョンソンさんが色んな話を聞かせてくれたからだと言えば、ジョンソンさんはなぜか泣いてしまった。
家に帰ったら、母さんからめちゃくちゃ怒られた。もう怒られないと油断していたから、すごく怖かった。
その後、ジョンソンさんの物語は本になってみんなに読まれている。どこにも行けなくたって頭の中でも冒険はできるって僕はジョンソンさんから教わった。みんなはどんな冒険を想像しているのかなあ。
読んでいただきありがとうございました。
これを童話と言ってよいのかなあと、投稿を迷いましたが、もう書いちゃったしいいか、といつも通り開き直って投稿しました。
年末年始はインフルでダウンしていました。
挨拶が遅れましたが、今年もよろしくお願いします。