第2幕 ロックダウン
これは物語であり、フィクションです。実在する人物、団体、作品とは、一切関係はありません。
「ちょーヒマ。暇で死にそうー」
世の中がロックダウンとなり、学校が無くなってしまった。
勿論、建物自体は存在するのだが、登校や不要な外出は、自粛というのは名ばかりで、実質的には禁止となり、
「各自、自宅にて自習」
と、なってしまったのだ。
優等生の橘ほのかなら、率先して勉学に励んでいると、先生方は思っていることだろう。だが、現実はそうでは無かった。
勉強自体は嫌いではない。
特に、数学や理科は、解答が論理的に導けるし、それほどの時間を費やさなくても、必要な公式さえ暗記してれば、あとは発想力で、殆どの問題は解けるから得意科目だ。
どうしても解けない問題でも、一度解き方を聞けば、解けなかった原因は単に発想力の欠如であり、正解への道筋は理路整然としているから、すぐに解決できた。
だが、暗記科目が苦手だった。
暗記科目は勉強時間をたくさん必要とするから、コスパが悪い。
国語は文章問題が得意だったから、多少の漢字忘れがあっても、ある程度の体裁は保てたが、ヤバイのは社会と英語。
特に英語には一貫性ってものがなくて、eとかaとかが、単語ごとで勝手気ままに使われてるし、pとかgとか、音に無いのに突然出てくるから、結局全ての単語を丸暗記しなくてはならない。
そういうものだから、丸暗記しろと言われても、法則性が無いものは、不合理にしか感じられない。
そんな感じで、小学校の頃は得意だった勉強も、中学になってからは、覚えなくてはならない量がだんだんと増えてきて、成績上位をキープすることが、徐々に負担に感じ始めていた。
だから、クラスで一番成績の良い、太田俊と仲良くなったのは、まさに天の救いであった。
一学期の中間テストは、そこそこの手応えはあったのだが、結果は、クラスで一番ではなかった。
一番を取った人は、どんな子なんだろう?
そんな、単なる興味本位で、最初は話しかけてみたのだけれど、話してみると、とても気が合った。
他の友達と会話するときは、あまり興味が持てない話題でも、相手に合わせなければならないから、少し気疲れするのだが、俊との会話では、ほのかの興味と一致する話題がとても多かった。
それに、俊の話は面白かった。
とにかく博識なのだ。
何か話題を振ると、どんな話題に対しても、絶妙にマニアックな豆知識を、織り交ぜて返してくる。
それも、知識をひけらかす様な、嫌な話し方ではないので、聞いていて、とても楽しい。
俊は本当に優秀だった。
発想力が豊富で、解けない問題があると、ほのかには、思いもつかない解き方を色々と教えてくれた。
お礼を言うと、俊はいつも、
「僕がすごいんじゃなくて、塾とかで習ったことだから…」
と、自慢せずに謙遜する。
性格もいい奴だ。
そしてさらに、努力も怠らない。
おそらく俊も、私と同様に理系のタイプだ。でも、文系科目も疎かにせず、いつも高得点を取っているから、暗記科目にも、きちんと時間をかけているのだろう。
「暗記科目にもいくつか法則があって、それらを繋げて覚えると、記憶しやすいよ」
と言って、一所懸命に色々教えてくれるのだが、私の頭では、俊の言っていることの半分くらいしか理解できない。
秀才で努力家で、優しくって、本当に尊敬できるクラスメイトだ。
私の学業成績キープのためにも、かけがえのないクラスメイトだった。
話は元に戻って、勉強は嫌いじゃないけど、好きでもないから、目標とか競争がない状況で、ただ単に自習しろと言われても、ヤル気が出ない。
家族全員が外出禁止の自宅待機状態だったが、皆んなそれぞれ趣味に勤しんで、充実しているようだった。
高2の兄は、好きな絵を描いて、ずっと自室に籠ってるし、パパもリモートで在宅勤務中とか言いながら、昼からビール片手にパソコンと楽器をちょこちょこ触って、楽しそうにしている。
ママは、普段はしない、お菓子作りで楽しんでいるようだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「しょーがないから、アニメでも見るか」
テレビは、どの局も同じ様な論調の繰り返しで、退屈だった。
隣国の研究所によるバイオハザードだとか、証拠が無いとか。
空気感染なのか接触感染なのか、分からないけど、とにかく他人と距離をとれとか。
治療薬が無いとか、もうすぐ出来そうとか。
話を要約すると、結局、何にも分からないくせに、
「取り敢えず自宅待機して、自粛しましょう」
みたいな事を、延々と繰り返しているだけだった。
科学的根拠もない論理を、偉そうに語ってる、自称専門家という医者と、アナウンサーの顔触れが、各局で違うだけだった。
そもそも、科学者の端くれならば、せめて致死率が何%のウィルスなのかくらいは、データで提示するべきだろう。
「今日は、ウィルスが原因で、高齢者が◯人亡くなりました。」
とか、言ってるけど、そもそも日本の人口が1億2000万人で、人間の平均寿命が85歳だとすると、単純計算でも毎日3,867人が、死んでる計算になるし、少子高齢化を考慮したら、更に多くの人が、毎日普通に死んでいるのだ。
だから、たった1%にも満たない死因がひとつ増えただけの話じゃないか。
交通事故で死ぬ確率の方が、まだ高いレベルだ。
それに、少なくとも、平均寿命超えてる人は、ノーカウントにするべきだろう。
まったく、科学者の風上にも置けない連中だ。
科学者というよりも、寧ろ、詐欺師のやり口だな。
なんて事を、テレビを見ながら言ってるパパから、お下がりで貰ったノートパソコンを開き、インストールされている、bアニメストアのサイトを開いてみた。
先ずは、何を観ようかなぁと、トップ画面に出てきた、「あなたへオススメ」コーナーのタイトルをざっと見てみた。
◆ マシロスF
それは、10年以上も前に創られたアニメだったが、キャラが可愛かったのと、なんとなく聞き覚えのあるタイトルだったので、とりあえず視聴してみることにした。
そのアニメは、まずナレーションからはじまり、次にオープニングで乗りの良い曲が流れてきて、少しワクワクした。
観続けると、その曲は、物語の内容に添った、二人のヒロインの心情を現した歌詞であることに気が付いた。
また、この二人のヒロインが、毎回、話の途中で、様々な曲をフルコーラスで歌う構成となっていて、まるでミュージカルのようなアニメだった。
「なんか凄い!アニメの曲ってオマケみたいなものだと思っていたけど、これは逆に、歌がメインで、アニメがオマケみたい!」
ストーリーも悪くはなかった。
話数を稼ぐためなのか、途中では、間延びしたような回もあり、主人公の優柔不断な性格には時折、腹が立ったけれど、二人のヒロインは、とても可愛かったし、作品の主旨としては「生物の種においては、多様性こそが繁栄の要であり、単一化された種では、たった一つの外的要因で絶滅してしまう危険性がある」的な真理を伝えたい作品なんだろうなぁと思い、共感も持てた。
ほのかは、今まで、音楽に、たいした興味は持って無かった。
テレビの歌番組で見かけるアイドルや、大勢でダンスしながら歌うグループには、興味が持てなかったし、流行っていると言われてる、C-popとやらに至っては、同じリズムの繰り返しにしか聞こえない。
そんな中でも、みょんみょんとか、歌田ヒカリとか、気に入った歌手も数人いることはいたが、学校ではあまり話題にならなかったので、周りに合わせて、皆んなが流行っているという曲を、なんとなく一緒に聞いてるだけだった。
次は、何を観ようかなぁ、時間はたっぷりあるし。
今度は、「マイリスト」コーナーを開いてみた。
パパのお気に入り作品がいくつか入っていた。
◆ 魔法少女まぎあ☆ベーゼ
ヤバっ。パパってば、魔法少女アニメをお気に入りってますわー!ウケる。
ってか、キモっ!これを観終わったら、後でイジリ倒してやろう!
そんな、ネタのつもりで、9年も前に制作された作品の再生ボタンを押してみた。
いきなり、二人の女の子の、バトルシーンから、それは始まった。
ちょっと可愛すぎる絵柄の女の子二人が、既にボロボロになって何かと戦っている。
可愛すぎるキャラに対して、背景がとても芸術的に描かれていて、そのアンバランスさが、さらに画面に惹きつけられる。
そして、極めつけは、その戦闘シーン中に流れていた音楽だ。
鳥肌が立った。
「何この曲!?今迄に、こんなかっこいい曲聴いたことが無い!めちゃくちゃカッコいい!」
最近ヒットしている、髭ダンジョンというバンドの曲の展開が、複雑で斬新と言われていて、流行っているけど、既に9年も前にこんな曲が作られていた事に驚いた。
ほのかはまだ、転調という音楽用語を知らなかった。
ほのかは、この作品に傾倒した。
毎回エンディングに流れたこの曲も、勿論、好きだったが、それ以外にもこのアニメにはたくさんの魅力があった。
背景や、敵のデザインが独特で綺麗だったし、何よりストーリーが、とてもぶっ飛んでいた。
12話で全ての物話を完結させる為に、無駄な展開が一切無く、観ている時間があっという間に過ぎてしまう。
また、主要キャラが次々に死んでしまい、最後には主人公も死んでしまうという、救いのない物語だった。
最終話までイッキに観てしまい、観終わった時、ほのかは、自分と同い年の、女の子同士の友情?いや、それよりもさらに一歩踏み込んだ、何か特別な感情に触れたような気がした。
自分の心の、奥底に潜んでいた感情と累なり、心のゲートが開く気がした。
この感動を、誰かと共有したい。でも、学校が無いから、友達とは会えない。
しょうがないから、パパに話してみた。
「人は、それを、『神アニメ』と呼ぶのだよ。ほのかは、パパと趣味が合うなぁ!」
マジ、キモい。話しかけるんじゃ無かった。
でも、パパは、この曲を作った作曲家の事を、いろいろと教えてくれた。
その作曲家は女性で、『梶原由実』さんという人だった。
他にも、たくさんのアニメ作品に曲を提供しているらしく、他のオススメの、パパ曰く『神アニメ』のタイトルを、いくつか教えてくれた。
「パパ、そんなにあったら、アニメって、神だらけじゃん」
と、皮肉を言ったつもりだったが、
「当たり前だろ。何せ、日本は、八百万柱の神がいる国だからな。」
と、真剣な顔で言い返された。
この人、凄いわ。
◆ 運命/Zero
パパが教えてくれた『神アニメ』のうちの1つであるこの作品は、7人の魔術士達と、それぞれの使い魔達による、バトルアクションアニメだった。
確かに、サブキャラと、ストーリーは良かったのだが、肝心の主人公と敵役がオジサンだし、主題歌も、まあ普通だった。
でも、アニメのストーリーが面白かったから、ついつい見続けてしまった。
そして14話目に突入した時、たしかに、この作品も『神アニメ』のひとつである事に同意できた。
主題歌が、梶原由実さんの曲に変わったのだ。
「梶原由実さん、マジ神だわ」
さらに、18話目が始まると、今迄続いてきた、全体的に薄暗い、冬の雰囲気の作風から、いきなり南国の明るい景色に変わり、別のアニメになった錯覚を覚えた。
それは、回想シーンだったのだが、これがまさに神回だった。
正義とは何なのか?それは、単にどちらの味方になるかだけの問題であり、正義と悪との間に境界線など無いのではないか。的な?哲学的なストーリーが、中学2年生である、ほのかのツボにまんまと嵌ってしまった。
◆ 運命―still night―/unlimited brave works
これはもう、同シリーズも観るしかないでしょ!
パパが言っていた、
「運命シリーズは、ZeroとUBWの2作品だけ見れば充分」
という内の、もう一方の作品だ。
こっちの方が、キャラが若くて、ほのかの好みだった。
「Zeroはオジサン率が高すぎて、途中で観るのやめちゃう所だったじゃない。危ない危ない。他人に勧める時は、こっちから観るように勧めなきゃ駄目じゃない。パパ、そういうとこだぞ!」
そんな事を考えながら、見続けていたが、13話目に突入した時、ほのかはまた、新たな衝撃を受けた。
後半から変わった、そのオープニング曲は、ミドルテンポで、重いながらも力強いビートを刻み、まるで砂漠の中をゆっくりと、でもしっかりとした足取りで、一歩一歩進んで行くかようなイントロから始まった。
そして、女性の歌声が入ってきた瞬間、空気が震えた。
いや、ヘッドホンで聴いていたから、鼓膜が震えたか?鼓膜が震えるのは当たり前か。
でも、全身が震え、本当に空気が震えているかのような歌声だった。
声量が大きいわけでは無い。
寧ろ声量は抑え気味で少しハスキーな、語りかけるような低音には、今まで聴いたことが無いような揺らぎがあった。
サビになっても、特別に高音を張り出すわけでは無いのに、胸を抉るような力強い歌い方だった。
歌詞は、あまり頭に入って来なかったから、本当に、その歌声だけで、自然に涙が流れた。
「凄い。こんな歌手がいたなんて。なんで、全然テレビとかに出て来ないんたろう?」
クレジットにある、その歌手の名は『Amore』と書いてあった。
『Amore』は、顔は表に出さずに、アニソンを主に歌う歌手だった。
『運命』を観終わると、ほのかの興味は、アニメから『Amore』に移った為、しばらくは彼女の動画を観漁った。
彼女はたくさんの曲を歌っていた。
彼女は力強い曲よりも、寧ろ、静かな曲をたくさん歌っていて、どちらかというと、そんな静かな曲の方が彼女の魅力を、より引き出していた。
彼女が歌うと、どんな曲も名曲に聴こえた。
「世の中には、こんなに歌が上手いのに、全然テレビにも出て来れずに、埋もれている人がいたなんて。」
実際には、『Amore』は、既にとても人気が高い歌手で、アルバムの売り上は常に上位で、コンサートチケットはプレミアが付くアーティストだったのだが、テレビの歌番組しか見ない、中学2年生のほのかには、世に埋もれている不遇な歌手に見えたのだった。
そこで、ほのかは考えた。
「待てよ。ってことは、他にもアニソンの中には、隠れた名曲があるんじゃないの?」
今度は、たくさんあるアニメの中から、主に曲だけを聴きまくったいった。
すると、ほのかの予想通り、好みの曲が数曲あった。
その中でも、特にほのかの心を昂らせる、特に気に入った曲が、このアニメの主題歌だった。
◆ 絶望のテンペスト
それは、歪んだギターのリフから始まる、6/4拍子の曲だった。
この曲を聴いた瞬間、ほのかは閃いた。
「よし!ギターを弾こう!」
―――――――――