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3日目

 船旅の最終日、声をかけられた。


「ありがとうねえ、あの時は死んだかと思ったよ」

「いえ、当然のことなんで」


 昨日助けた老人、孫にでもそうするみたいにスナック菓子をくれた。

 それから話をしていたら、なんだか仲良くなってしまった。


 拾も紹介したけど、彼女の態度は冷たい。


「論文発表以外で二人以上と会話をするのは疲れる」


 そんなことを言って、部屋に籠ってしまった。


 俺はバーカウンターで老人と世間話に興じる。

 クリームソーダを注文しようとしたけど、ちょっとかっこつけてジンジャーエールに変えた。


「托君は、お酒は好きかい?」

「いえ、付き合いで飲む程度なんで」

「実は良い話があるんだけど」


 老人はスーツからワインのカタログを出した。


「ワインって投資もできるんだよ」


 俺は拾の顔を思い出す。


「すみません、やっぱり妹のことが気になるので」

「あれっ。いつでも声かけていいからね。これ連絡先書いてあるから」

「ありがとうございます」


 カタログを貰って俺は客室へ歩く。少し早足になってたかも。


 客室のドアにもたれかかって、拾が座っていた。

 昨日俺が彼女を待っていたのと同じ場所。


「おかえり」


 つまらなそうな顔で座っている。


「ワインを買わされそうになった」

「ふられたの?」

「こっちからふったの」

「そう」


 忠告くらいしてくれたらよかったのに。


「別に気付いてなかったよ。まあ、胡散臭いなあとは思ったけど」


 それからどちらからともなく笑う。




 潮風が顔に叩きつけて来る。


 なんだか夢みたいな三日間だなと思う。

 名前も憶えてなかった妹と一緒に、太平洋に浮かぶ船に乗って、大半の時間はゼビウスで遊んでた気がする。

 やっぱり贅沢の才能がないのかも知れない。


 連絡船が近付いてくる。

 あれに乗ったら、この三日間が俺の中から消えてしまいそうな気がした。

 拾のことも。


 連絡船がサンフラワーに並んで、橋が降りて来て、隣の拾が俺の背中を押して。押して?


 海へ落ちた。


「っぶは!」


 続いて拾が落ちてきた。俺は手足をばたつかせる。海水を飲んで口の中がしょっぱい。二人とも救命胴衣を着てたから浮くことはできる。

 でもちょっと待ってくれ、紐を緩くしすぎたかも。


「あははは!」


 拾が俺に抱き着いた。悪魔みたいな声で、顔はくしゃくしゃにして笑ってる。

 救命胴衣からすっぽ抜けて海に沈みそうな俺も、彼女に掴まる。


「何するんだよ!」

「油断したのが悪い!」

「そういう話じゃないだろ! ふふ、はっははは!」


 笑いが込み上げてきた。


 彼女なりに楽しもうとしていたんだな。

 そんな言葉が、頭に浮かぶ。


 連絡船から浮き輪が落ちて来る。


 船に引き揚げられて、びしょ濡れの二人はタオルを貰って、一緒に乗務員に叱られた。


 それから顔を見合わせて、いたずらが成功した子供みたいに笑った。


「約束」


 拾が言った。


「またこっちへ帰ることがあったら、今度は……」

「今度は?」

「……なんでもない」


 彼女は水平線を見始めてしまった。遠くを見る目はなにも考えないようにしている。


 代わりに、俺が口を開く。


「今度は、もっと楽しいところへ行こう」


 拾の視線がふとこちらに定まって、閉じられる。


「たとえば?」

「そうだな、たとえば……ゲームセンターとか」


 ふふ、と彼女が噴き出す。


「結局同じじゃん」

「今度こそ二面クリアする」

「こんな所にしかないんじゃない? ゼビウス。オランダでも見なかったし」


 俺たちは窓の外を見る。水平線は何も映さない。

 でも、真直ぐに見えた空と海の境目が、少しだけ曲がってることに気付いた。


 なんだ、俺にも気付けるものがあったんだ。


「ん」


 彼女の小指が差し出される。

 俺は自分の小指を引っかける。




  終

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