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1日目

 福引きが当たった。

 豪華客船サンフラワーのペアチケット。


 なけなしの知り合いを当たってみる。


 高校時代からの悪友:バイト漬け

 弟:合宿があるから絶対無理

 両親へのプレゼント:もう温泉旅行が決まってた

 陸上クラブの美人の先輩:彼氏がいるから無理


 正直、最後が一番つらかった。


 そんなわけで俺、尾野托おの たくすは一人、連絡船に乗っている。

 いや、同行者はいた。


 海外留学から帰ってきているよく知らない妹。

 頭が良くて、オランダの学校で飛び級して一応、俺と同じ大学生。

 とはいえ十五歳の子供だ。生白い手足はヒョロヒョロしてて、こんな子供がたった独りで生活してたなんて思うと、気分のいいものじゃない。


 手すりにつかまって何を考えてるのか、水平線をぼーっと眺めてる。

 この子と三日も顔を突き合わせて旅行するのか? ちょっとごめんだ。


 今からでも出会いを求められないだろうか。


 連絡船を歩き回ってみる!

 俺たち以外に居るのはビールを飲んでるおっさん一人!

 以上!


 自棄になった俺はおっさんに話しかけた。


「若者が珍しいねえ。おお、福引き。そいつはよかったな」

「おっさんはどうしてサンフラワーに?」

「退職金だよ。どうせならパーッと使っちまおうかとね。俺は配達ドライバーだったんだけどよ」


 意外に話が弾んでビールもご馳走になった。

 ふわふわして気分がいい。


 いろいろ安いからっていつも行ってた商店街で、何の気はなしに引いたくじが当たった。おばさんも戸惑った様子でハンドベルを鳴らしていたな。無理もない。どう見ても独身の学生だもん。それで急に妹が帰って来たからって面倒見るのを押し付けられて、流されるままこんなことになってる。

 こんな俺についてきて妹も心底呆れているだろうな。


 サンフラワーが見えてきた。連絡船が並走する。で、いいのか?

 大きなサンフラワーの横腹にぶつからないように、うまいこと近付く。


 おっさんが橋を渡って、乗務員にチケットを見せる。

 金ぴかのキラキラした紙きれ。


 俺もチケットを取り出して橋を渡った。


「二名様ですか」


 乗務員に聴かれた。

 振り返ると妹が橋の前で立ちすくんでいた。というか、やっぱりぼけーっとしてた。


 置いて行ってしまおうか。

 そんな考えが頭をよぎる。


 ここまできて、誰も居ない家に独りで帰らせるのか?


「おいで」


 俺は妹を呼んだ。彼女の視線がふとこちらに定まって、橋に足をかける。





 世界を一周するクルージングの途中、太平洋を進む三日間だけの同行。

 中途半端なプランだ。なんでも、お手頃な期間で忙しい若者にも船旅のすばらしさを知ってほしくて旅行会社が作ったとか。

 おっさんの退職金がふっとぶくらいの額だけど。


 妹はシャンデリアを見上げてぼーっとしてる。


「客室はこっち」


 話しかけるが、シャンデリアのキラキラに見惚れてなかなか来ない。


「ごめんよ」


 俺は彼女の手を取った。

 小さな手が握り返す。俺は頷いて、妹の手を引く。


 部屋は別々で助かった。


 俺は荷物を置いて、別の部屋に居る妹にこう言った。


「ちょっと船の中を見て来る」


 ふかふかで落ち着かない床を歩いて、豪華客船の中心部へ繰り出した。


 バーカウンター、ダンスホール、海の上なのにプール、贅沢の限りを目に焼き付けたあと、結局ゲームコーナーでゼビウスに興じる。

 このまま三日間ゼビウスの攻略だけで船旅を終えそうだ。贅沢の才能がない。


 なんだか周囲が騒がしい。

 いや、うるさいのは当然だけど、乗務員が歩き回っている。


「尾野托様ですか」


 探されていたのは俺だった。

 呼びかけと同時に最後の残機が撃墜される。


「申し訳ありません、ご同行者様がお探しです。レストランの予約席へ」


 予約とかできたんだあの子。ぼーっとしてるだけじゃないんだな。そりゃそうか。俺とは違う天才だ。


 予約席は海の見える窓際、ヒラヒラしたドレスに着替えた妹が座っていた。

 俺は言い訳を探してたけど、先に妹が口を開いた。


「ひとりだと楽しくない」


 そう言われた。

 表情はすこし怒ってるようにも見えた。


「ごめん」

「名前」

「えっ」


 彼女は頭を振る。


「私の名前、尾野拾おの ひろむ。いままで一度も呼ばれなかった」


 俺は反省して、妹に、いや、拾に頭を下げた。


「すみません拾さん。尾野托です」

「知ってる」


 彼女は高級そうなグラスに口をつける。


「……よろしく」


 窓の外を見たまま、拾はそう言った。



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