3.彼女は、「何でもするから」と言いました
「ほんとうに俺のために何でもすると言うのだな?」
俺は思わず早口になり、声を上げていた。
周りの部屋に声が聞こえるのではないかと心配したが、部屋の壁から現れるという超常現象を起こした彼女が、聞こえないように魔法を掛けているから大丈夫というので、俺は普通に喋っていた。
「では、汚いオッサンである俺が何をして欲しいかくらい、分かっているのだろうな!?」
『は、はい。なんとなくは……。
でも、あなたは、そういうヒドイことをさせない方であろうことも、わかっています』
「いいや! 俺は、ヒドイことをさせるからな!」
『はい。覚悟はしています。
私たちの世界を救うためなので、仕方がありません……』
彼女は、俺の目の前で、目を閉じて立っていた。
恋人など居たことがない俺としては、ここで服を脱がせ、俺にいろいろ奉仕をするよう命じるべきなのだった。
ネットの動画で見るように、しゃぶらせたり、いろいろさせたり。
だが、俺には、そんなこともできないのだった。
「世界破滅の祈り」は唱えるのに、そんなことをする度胸すら、無いのだった。
だから恋人など出来たことがないのかもしれないし、仮に、俺にそういうことをする度胸があったとしても、今のアパートの代わりに、刑務所に入っているだけだったかもしれない。
★
目の前で手を組んで、静かに立っている彼女を見て、俺は急に情けなくなった。
俺にとって理想的な外見をした女性が、手を伸ばせば届きそうな目の前に立っているのに、触れることすらできない自分を思い、今の現実に、ますます嫌気が差してしまった。
彼女と向き合い立っているだけで、顔や背中から嫌な汗が出てきて、たった十秒くらいの時間が、いつまでも終わらないかのように感じられた。
そして、敬語になり、彼女に言ったのである。
「もう、いいです。すいませんが、自分の世界に帰ってもらえませんか」
それから、『どうして』と聞いてくる彼女に、説明していった。
自分には、彼女のような女性に手を触れる勇気も無いこと。
仮に触れたとしても、結局、彼女のような相手に嫌われるだけであり、ますます生きるのが嫌になってしまうこと。
異世界か何だか知らないが、そういう世界に自分が関係しているとしても、結局、自分はただの汚いオッサンであり、欲しいものは何ひとつ手に入れられないであろうということ。
それなら、今まで通り一人で、異性があんなことやこんなことをしているネット動画でも見ていたほうがよいことを。