第1話 底辺小説と可愛いファン
カタカタカタ
想いを込めてキーボードを叩く。
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目の前に広がるのは絶望的な光景だ。
「ああ、あたしにもっと力があれば……」
この両手からこぼれ落ちた小さな命、今まさに散ろうとしている命も救うことが出来るのに。
可憐な少女は神に祈る。
少女の大切な人たちが醜悪なモンスターの波に飲まれようとした時、暗雲を割いて一筋の光が少女を照らした。
「あっ……ああああ、これはっ!?」
脳裏に浮かぶのは遠き日、森で聞いた神の言葉。
彼女の全身を未知の力が駆け巡った……いけるっ……神の声に従い、彼女は右手を伸ばす。
「バ、バカナッ」
圧倒的な魔力の奔流が、モンスター共の醜悪な姿をきれいさっぱり吹き飛ばした。
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「よし、頼むぞ……」
最後の1文を書き終えた僕は、祈りを込めて小説投稿アプリ、「ノベルエデン」の投稿ボタンをクリックする。
大きく方針転換したこの第22話が、大ヒットのきっかけになると信じて。
*** ***
「う、うわあああっ!? 助けてくれっ!」
「女神様っ……!」
身体を寄せあい、悲鳴を上げる人々。
彼らが避難している王宮は小高い山の上にあり、イストピア王都が一望できるのだが……眼下に広がるのは絶望の光景だった。
麗しの貴婦人と呼ばれた、美しい街を飲み込まんとするモンスターの大群。
彼らの運命は、誰の目にも明らかだった。
「親愛なるイストピアの皆さまっ! 恐れることはありませんっ!」
その時、目前に迫った破滅を振り払うように、朗々とした声が王宮の中庭に響く。
「フィルライゼ様!」
中庭を見下ろすバルコニーに現れたのは、純白のローブに身を包んだ一人の少女。
エメラルドグリーンの大きな瞳は大きく見開かれ、ふさふさの耳と長い尻尾はピンっと自信ありげに立てられている。
イストピアに突如侵入した魔王の軍勢を何度も撃破した、弱冠16歳の天才魔法使い。
いまやイストピアの希望の星となった可憐な少女である。
「だ、だけどよ……いくらフィルライゼ様でもあの数はっ」
「馬鹿野郎! 最後まで希望を捨てるな!
辺境防衛戦での活躍、お前も見ただろ!」
「……そうだった! 俺たちも出来る限りのことをしないとな!!」
「ふふっ」
勇気を奮い立たせる王国軍兵士の様子を見て、柔らかく微笑むフィルライゼ。
だが、その右脚が小さく震えていることに気付く者はいない。
(ああっ……救世主様、マジのマジでお願いしますっ!)
救国の英雄と持ち上げられていても、しょせんあたしは……。
旅立ちの日、モンスターに襲われていた自分を助けてくれた黒髪の救世主様。
フィルライゼがここに立っていられるのも、その救世主様のお陰。
だけど、彼はもうこの世界にいない。
(今のあたしの力じゃ皆を守り切れない……ふみゅぅ)
自身の肩にのしかかる重圧に思わず涙が出ちゃいそうになる。
ぱああああっ
(!!)
だがその瞬間、待ちに待った希望の光が王都上空を覆っていた密雲を切り裂き、フィルライゼを照らした。
(やたっ!! 来ましたっ!!
ちょっとばかしギリギリですが、ナイスです救世主様っ!!)
キラキラキラ……
光の粒子がフィルライゼの周囲を舞い踊り、身体の底から未知の力が沸き起こってくる。
(この攻勢を凌いでも、イストピアはまだまだ大ぴんち……!)
両手を祈りの形に組むと、年齢の割に豊満だと自負している胸がむにゅんと歪む。
(むふふ……もっと救世主様にお願いしなきゃ。 このフィルちんのグレートお山で!
もう少し具象化魔法の感度を上げれば……もしかしたら記憶も、なんちゃって。
うっ!?)
「おおおっ!」
神々しい曙光に照らされながら、祈りを捧げる可憐な少女。
巨匠の名画のような光景の中で、少女が内心ガッツポーズしながらエロいことを考えているなんて誰に分かろうか。
(ぷはっ……そろそろ真面目モードですっ)
思わず垂れそうになった鼻血をぬぐい、フィルライゼは大きく両手を広げる。
……ローブのすそに少し血がついちゃってるが。
「女神の恩寵……わが身に宿せり!!」
「フィルライゼ様……御身を削ってなお、我らを救いたもうのか……」(注:鼻血です)
「うおおおおおおっ!!」
盛大に勘違いする人々の前で純白の魔力が大きく膨れ上がり……。
『光よ!!』
ヴィイイイイイイインッ……ズドオオオオオオンッ!!
極大化された閃光魔法が、モンスターの群れを消し飛ばした。
*** ***
「こんどこそ跳ねてくれ……」
全身全霊を込めたこの第22話がSNSで話題となり、ノベルエデンのランキングトップに駆け上がるんだ。
数か月後には出版社の目に留まりプロデビュー、ゆくゆくはアニメ化だって……。
「……ふう」
というありえない妄想は置いといて、すっかり冷めたコーヒーをひとくち、部屋の窓から外を見る。
時刻は15時、夏も近づく7月上旬……学校にバイトに飲み会、若者の活動時間はまだまだこれからが本番なんだけれど。
(どうしてこうなったんだぁぁああ……)
愛用のノートパソコンを横にどかし、僕は頭を抱えて机代わりのコタツテーブルに突っ伏す。
五島 俊18歳、無事大学デビューに失敗し、入学式から3か月がたったというのにボッチ生活を満喫中。
「……いやいや、しょうがないよね。
あんなことがあったんだから!」
独り言が多くなるのもボッチ生活の特徴である。
もちろん返事が返ってくるはずもない。
「いやほんと、今頃華やかな大学生活を送っているはずだったんだけどなぁ……」
ため息とともに思い出す。
高校時代、僕は目立たない生徒だった。
小説書きが趣味の、引っ込み思案の男子高校生。
オタク友達との毎日は楽しかったけど、華やかな陽キャの世界で生きてみたい!!
一念発起した僕は、レーシ○クで眼鏡とおさらば!
親戚のお姉さんに教わって服装もイメチェン!!
都会の大学に進学して大学デビュー!!!
……と目論んだのだけれど、高校の卒業式の直後、不慮の事故に巻き込まれ意識不明に。
目を覚ましたらなんと5月中旬で、大事な大事なスタートアップイベントである入学式後のオリエンテーションとサークル勧誘期間は終わっていた。
幸い身体的に異常はなく、大学の好意で出席日数も補填されることになったんだけど、同じ学部の同級生の間には既に友人グループが出来上がっており、元来引っ込み思案な僕に既存グループに割り込む勇気はなかった。
「み、見てろよ……ここから大逆転して見せるんだから」
ぴこん!
「おっ!」
それに。
今の僕には心の支えがあるのだ。
起動したまんまのノベルエデンが通知音を奏でる。
いつもの彼女に違いない。
僕はいそいそと棚からVRゴーグルを取り出すと、はやる気持ちを押さえながら装着した。
ヴィンッ……
「シュンさんっ!!
今回のお話、とってもとっても良かったですっ!!」
だきっ!
「わぷっ!?」
元気な少女の声が聞こえた瞬間、視界全てが白い布に覆われる。
ふにゅっ
(お、おおおおおっ!?)
ただの3D映像のはずなのに、温かみと柔らかさまで感じる気がするぞ!?
「う、うわっ……なにも見えないよ」
童貞の妄想もここまで来ると大したものである。
僕はわきわきと両手を動かして、上半身に抱きついてきた少女を引っ剥がそうとする。
もちろんVR映像なので、掴めるわけがない。
「ああっ、すいませんシュンさん。
あまりにナイスタイミング……いえ、面白くて感動したものでっ!」
ぴょんっ
ようやく彼女の全身が見えた。
「えへへ」
頬を紅潮させ、にこにこと笑う少女。
超カワイイ。
肩にかかるくらいの長さのもふもふの栗毛。
頭頂部には一対の犬耳がピンっと立ち、柔らかそうな尻尾が嬉しそうに揺れている。
女の子らしくメリハリのある上半身を覆うのは、制服風のブレザー。
パタパタとなびくマントと両腕に装着したでっかい腕輪 (かっこいい)と言う格好は、ソシャゲに出てくる魔法使いを思わせる。
短めのチェックスカートから伸びるすらりとした脚も素敵。
……もちろんこの姿はアバターなのだが、「ノベルエデン」の規約ではVRアバターの性別詐称は禁止なので、リアルの彼女も可愛い女の子に違いないのだ。
たぶん。
「え、えっと……楽しんでもらえたかな?」
まだ彼女のぬくもりが残っている気がして、思わずどもる僕。
そんな情けない僕の様子にかまわず、花の咲くような笑みを浮かべてくれる。
ぱあっ
「はいっ! 最高でしたっ!
次のお話も期待していますっ!!」
(やばい超カワイイ)
彼女のハンドルネームは”フィル”。
僕が投稿しているファンタジー小説「イストピア・サーガ」のファン第1号である。
読んで頂きありがとうございます!
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