第84話 勇者と教皇
魔族領とシェウミリエ帝国の間に講和条約が結ばれた。その内容はゾンシャールを破棄し、ゾンシャール以北への人族の立ち入り禁止、および賠償金の支払いである。
そうして賠償金が支払われたことで捕虜となっていた人族の兵士たちは解放され、それぞれの故郷へと帰っていった。
将司も無事に解放され、サンプロミトにある聖導教会の本部へと戻ってきた。そんな将司を教皇が出迎える。
「勇者様、ご無事で何よりでした」
「……はい」
浮かない様子の将司に教皇はわずかに眉を曇らせた。
「どうぞこちらへ」
「……」
将司は返事もせずに黙って教皇の後をついて歩いていく。
「どうなさいましたかな?」
「……なんでこんな戦争をしなきゃいけなかったのかなって」
「……そうですな。ハロルドまでもが討たれるとは、我々も想定外でした。よもや魔族の力がこれほどまでとは――」
「違います! そうじゃなくて!」
突然声を荒らげた将司に教皇は眉をピクリと動かした。
「勇者様、ここで大声を上げられては他の者が驚いてしまいますぞ」
「あ……すみません」
「いえ。落ち着いて話せる場所に移動いたしましょう」
「はい」
そうして将司は教皇の執務室へとやってきた。
「さて、ここなら大丈夫です。どういうことですかな?」
「はい。聞いていたのとは違ったんです」
「と仰いますと?」
「魔族も、俺たちと変わらなかったんです。彼らにも家族がいて、守りたい人がいて、そのために戦っていました」
「……」
「それに、今回の戦争はシェウミリエ帝国が先に手を出したんですよね? しかもゾンビを生み出す魔道具なんてものを持ち込んで!」
将司の言葉は徐々にトーンが上がっていく。しかしそんな将司を教皇は表情を変えず、じっと見つめている。
「それに魔族は、ゾンビは自然現象だって言ってました。自分たちも被害に遭っているって! だとしたら! 俺たちはなんのために戦ったんですか! ハロルドさんは! ブラッドリーさんは! 俺だってここに来る必要なんてなかったじゃないですか!?」
まるで絞り出すかのようにそう叫んだ将司の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「……なるほど。そういうことですか」
「何がなるほどですか!」
「勇者様、それこそが魔族の策略なのです」
「え?」
「魔族どもは有史以来、一貫してゾンビを我々人族に差し向け続けてきました。ゾンビを生み出す魔道具などという言いがかりをつけたそうですが、我々人族はそのようなおぞましい魔道具を持っておりません。そもそも、魔族どもがそのような魔道具を使っているからこそ、我々人族も同じ魔道具を持っているなどという発想ができるのです」
「でもっ!」
「よろしいですか? それは、魔族どもが我々に罪を擦り付けるための嘘です。分かりましたな!」
教皇が強く言い聞かせると、将司の胸元で教皇からもらったネックレスの赤い宝玉が強い光を放った。
すると将司の瞳から光が消え、がっくりとうなだれる。それからしばらくすると憑き物が落ちたかのようにすっきりした表情で教皇を見てきた。
「そうですよね。魔族に騙されるなんて、どうかしていました」
「お分かりいただけて何よりです。勇者様」
「はい!」
将司は力強く頷いた。
「ところで勇者様。魔族どもの中に人族がおり、捕虜の治療をしていたという話を伺いました。勇者様はその人族を見ませんでしたかな?」
「見ました! 俺も治療してもらいました!」
将司は嬉しそうにそう答える。
「ほほう。どのような治療を受けられたので?」
「はい! ……その女性はですね。俺の近くまで来て、見たこともない魔法を使ったんです。そうしたら髪の毛と瞳が金色に輝いて、それでキラキラした金色の光が傷をあっという間に治したんです」
「金色に輝く?」
「はい! そうなんです! それに瞳の色はもともとすごく綺麗な水色なんですけど、魔法を使っているときだけ金色になるみたいなんです。それがすごく神秘的で、本当に綺麗で……! あ、髪の毛は元々金色でした。でもすごく綺麗な髪で、それに膝くらいまである超ロングヘアなんですけど、それがものすごく似合っていたんです。あ、それに、顔だってものすごく可愛かったんです。もう、女神なんじゃないかって感じで!」
将司は嬉々としてホリーのことを話していく。それを聞いた教皇が目を見開いて驚いていたのだが、一生懸命ホリーのことを説明している将司はそのことにまるで気付いていない様子だ。
そしてすぐに表情を元に戻した教皇が将司に質問をする。
「勇者様、その女性の名は?」
「っ! そ、それは、言えません」
「言えない?」
「約束なんです。名前は誰にも言わないって」
そう答えた将司は恥ずかしそうに俯いた。
「……そうですか。では無理にはお尋ねいたしません」
それから教皇はじっと将司の様子をじっと観察し、おもむろに口を開いた。
「勇者様。その女性は聖女で間違いありません」
「聖女! ああ、だからあんなに……」
将司はそう呟くとどこかぼうっとしたような表情を浮かべる。
「はい。ですが、やはり魔族は悪辣であるということが再確認できましたな」
「どういうことですか?」
「彼女は魔族の魔法によって洗脳され、操られているのです。間違いありません!」
すると将司の胸元でネックレスの赤い宝玉がわずかな光を放った。
「っ!? なんてことを!」
将司は教皇の言葉を完全に信じたようで、怒りに震えている。
「はい。本来、聖女と魔族は相容れない存在です。このままでは彼女は道具として使い潰されてしまうことでしょう」
「そんなっ! どうすれば助けられるんですか!」
「勇者様、どうか強くおなりください。力こそが彼女を魔族から救い出す唯一の方法です。悪辣な魔族どもから彼女を取り戻し、ここにお連れください。そうすれば、我々が総力を挙げて彼女を正気に戻して差し上げます」
「っ! わかりました! 俺、強くなります! あの娘を助けて、それでハロルドさんやブラッドリーさんの仇も取ります!」
「そうです。その意気です。ああ、そうだ。騎士団長のルーカスをお付けしましょう」
「え!? いいんですか? 団長はお忙しいんですよね?」
「もちろんです。ですが勇者様が我らの聖女様を悪辣な魔族どもから取り戻していただけるのでしたら、きっとルーカスも喜んで協力することでしょう」
「わかりました! ありがとうございます! 俺、絶対にあの娘を助けてみせます!」
「ええ、よろしくお願いいたします」
こうして将司は教皇の執務室を後にすると、そのまま練兵場へと向かう。
そして将司が執務室から出たのを見送った教皇は執務机に両肘をつき、組んだ両手を額に当ててくぐもった笑い声を上げていた。
「まさか魔族の手に渡っていたとはな。だがこれで私の計画も……」
教皇はそう呟き、ニヤリと笑ったのだった。




