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第8話 避難指示

 嫌な予感が的中してしまった。


 アネットの家に泊めてもらった翌日の夕方、ついに町長から避難指示が出されたのだ。


 私たちの地区は近くにある町会館という大きくて頑丈な建物へ避難することになっているため、私は必要そうなお薬を持ってアネットとその両親とともに町会館へとやってきた。


 するとそこにはすでに多くのご近所さんたちが避難してきていた。


「あ! それにハワーズ・ダイナーのみんなじゃないか。ホリーちゃんまで!」


 私たちを目ざとく見つけ、声をかけてきたのは近所に住んでいるニックというおじさんだ。アネットのお店の常連さんで、詳しくは知らないが清掃関係のお仕事をしているらしい。


「よう、ニック。今日の仕事は休みか?」

「おう。さすがにこんな状況じゃな」


 アネットのお父さんがニックさんとお話を始めた。ちなみにアネットのお父さんはハワードという名前で、ハワーズ・ダイナーというお店の名前の由来でもある。


「ニール、大丈夫かな?」


 アネットが不安そうに私に聞いてきた。


「うん。きっと大丈夫だよ。だってニール兄さん、すごく強いんだから」

「そうだよね。私なんかと比べ物にならないくらい魔法も得意だもんね」

「うん」

「それに私だっていざとなったら!」

「え、それはちょっと……」

「何よ? 最近はちゃんと前へ飛ぶようになったんだからね?」

「え? 本当?」

「本当よ。だからゾンビの一匹や二匹、燃やしてやるんだから」


 そういってアネットは両腕を胸の前に持ってきてガッツポーズをした。


 魔族らしく発育のいい胸がその腕に押されてたゆんと変形する。


 私は人族なので背が低く、胸だってあまりないのでちょっと羨ましい。


「あらあら。アネットったらいつの間に魔法が得意になったのかしら?」


 アネットのお母さんであるシンディーさんが冗談めかしてそう言った。


「ちょっと! お母さん!」

「はいはい。でも、危ないからダメよ。町長やヘクター隊長、それにニール君たちがなんとかしてくれるわ」

「でも……」

「あなたはそんなに魔力が強くないんだから、無理しちゃダメよ」

「はーい」


 アネットは渋々といった様子でそう言った。


 ちなみにアネットは魔法が使えないわけではない。というよりも、魔法を使えない魔族というのは存在しないのだ。


 おじいちゃんが生前教えてくれた話だと、魔族の魔力は人間と比べれば圧倒的に多いらしい。ただ、平均的な魔族が百の魔力を持っているとするとアネットは五十くらいしかないのだ。


 しかもあまり魔法を使うのが得意ではない。そのため火の玉を飛ばしたとしても、それがきちんと狙った方向に飛んだのを私は見たことがない。


 だから町中でアネットがゾンビを燃やすために火の玉を飛ばしてしまえば、まず間違いなく火事になるだろう。


 ちなみにニール兄さんの魔力は二百か三百くらいある。普通の人よりも魔力が高いからこそ、男の子の憧れの職業である衛兵にだってなれたのだ。


「アネット、私もいるから大丈夫だよ」

「ホリーは倒れたばっかりじゃない。心配だよ……」

「もうすっかり元気になったもん」

「でも……」

「ほら、アネット。ホリーちゃんだってもう元気になったんだから、あんまり心配しすぎるのも良くないわわよ」

「うん……」


 そんな会話をしているうちにも続々と人々がやってくる。


 そうして一時間もするころには、町会館の収容人数一杯の人たちが避難し終えたのだった。


◆◇◆


 ホリーたちが町会館に避難した翌日の未明、街壁の上にずらりと並んだ衛兵たちには焦りの色が見えていた。


「町長、そろそろ限界かと」


 衛兵長のヘクターが小太りの中年男性にそう報告すると、彼は鷹揚(おうよう)に頷いた。


「うむ。だがそれでも我々は町の者たちを守らなければならん」

「はい」

「今度ばかりは儂も戦うぞ。町の者たちを守るのが町長たる儂の役目」

「ええ。ホワイトホルン随一の魔力、当てにさせていただきますよ。アリスター町長」

「ああ、任せておけ」


 そう言って二人はニヤリと笑い合った。


 ちらちらと小雪が舞う中、かがり火の明かりが煌々と二人を照らしだす。


「突破されます!」

「油の準備は?」

「すでに投下済みです!」

「よし! 放て! ゾンビどもを燃やし尽くせ!」


 ヘクターの号令に、街壁の上からは一斉に火球が放たれた。火球を受けたゾンビたちは次々と炎上し、倒れて灰になっていく。


 しかしおびただしい数のゾンビの群れは次から次へとやってきて、まだ燃えているゾンビの上に倒れ込む。そうして次々と倒れ込んだ結果火は鎮火し、その上を乗り越えたゾンビたちが街壁に向かって迫ってくる。


 あれほど深く掘られていた堀も今やゾンビが燃え尽きたあとに残った灰によって埋まっており、そこを通ってゾンビたちが不気味な呻き声を上げながら街壁へと迫ってきている。


「町に近づけるな! 我々が守らねば大切な者たちが失われるぞ! 誇りを持て! これまでの訓練は今日のためだったと自覚せよ!」

「はい!」


 衛兵たちはヘクターに(げき)を飛ばされ、必死に火球を放ち続ける。


「儂の町を侵す不浄の者どもめ! やらせはせんぞ!」


 町長はそう呟くと、直径二十メートルほどはあろうかという巨大な炎の玉を放った。巨大な炎は広範囲のゾンビを焼き尽くし、ゾンビの群れの中に数十メートルほどの空白地帯が出来上がる。


 だが、その空白地帯を続々と押し寄せるゾンビたちはあっという間に埋めていく。


「はっ。このゾンビどもが。まだまだ!」


 町長は再び巨大な炎の玉を作り出し、押し寄せるゾンビの群れに撃ち込み続けるのだった。

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