第70話 補給攻撃
それ以来、病院は毎日重傷者が運び込まれてくるようになった。なんでも最近はコーデリア峠の砦に物資を運び込む人たちが狙われているらしい。
ただ不思議なことに物資は燃やしたり奪ったりするものの、それを運んでいた兵士を皆殺しにすることはないのだそうだ。
しかも殺そうとして殺せなかったというわけではなく、わざと殺さずに大怪我をさせ、放置していくのだそうだ。
たとえば武器を失った兵士の足の腱だけを切って放置するといったものだったり、太ももの筋肉に大きな損傷を与えて動け無くしたり、あとは大きな石で肘を破壊するというのもあった。
なんでこんな酷いことをしているのかさっぱり理解できないが、命を奪われなかっただけでも良かったとも言える。
死んでしまった人を蘇生することはできないが、そういった負傷であれば奇跡で元どおりに治療できるからだ。
このところはそうした患者さんが毎日五人ほど運び込まれるようになったため、大治癒の奇跡を一日七回使うものとして治療を行っている。
その他にも毎日三十人ほどに中治癒の奇跡をかけており、今のところ患者さんは少しずつ減っていっている。
「ホリー先生! 急患、三名です!」
「はい!」
また新しい患者さんが運ばれてきた。
「容体は?」
「両足の腱を切断された患者が一名、腹を刺されて腸が傷ついた患者が一名、膝が砕かれた患者が一名です」
「……またわざとですか」
「おそらくは」
私は小さくため息をつくとすぐに指示を出す。
「腸が傷ついた患者さんはすぐに治療します」
「はい。では残りの患者は我々で処置をしておきます」
「お願いします」
こうして私はすぐに急患の対応に向かうのだった。
◆◇◆
「ハロルドさん、ガーニィ将軍はどうしてあんなことを?」
本陣に戻った将司は困惑しきった表情でハロルドにそう尋ねた。
「あんなこととはなんですかな?」
「ですから、わざと重傷者を放置していることです。あんな怪我をしたらもう助からないですよね? それなのにわざわざ長く苦しませるようなことをするなんて!」
「それにはきちんと理由があるのですぞ」
「え?」
「まず、怪我人が出たら魔族どもは必ず救助して連れ帰るのですぞ」
「はい。そりゃそうですよね」
「そうすれば我々の戦士たちを追撃するのに割ける兵力が減り、補給を叩いた戦士たちは生き延びる可能性が高くなるのですぞ」
「……」
「しかもそれだけではないのですぞ。怪我をした兵をあえて生かして帰せば、その治療に敵は貴重な物資を使わなければならなくなりますからな。すると魔族どもは兵を失った挙句に補給も失い、後方の物資にも打撃を与えられるのですぞ」
「……」
「さすがガーニィ将軍、よく考えられた作戦なのですぞ」
「でも……」
「素晴らしい作戦なのですぞ!」
「ですが……」
まだ納得していない様子の将司だったが、そんな彼をハロルドは諭し始めた。
「ショーズィ殿、魔族は敵なのですぞ? ショーズィ殿はゾンシャールでの虐殺をお忘れか? ゾンビをばら撒くだけでなく、いとも易々と虐殺を行うのが魔族なのですぞ?」
「それは……」
「それに魔族も我々の真似をして補給に攻撃を始めたのはご存じですな?」
「はい」
「連中は、物資を奪った上に兵を皆殺しにしていくのですぞ?」
「う……」
「我々のやり方であれば生き残るものがおるのですぞ? どちらが正しいとかと問われれば、間違いなく我々なのですぞ」
「え?」
「ガーニィ将軍は物資を奪うことを主眼に置いているのですぞ。ガーニィ将軍の作戦は物資を奪い、この無謀な侵略戦争を諦めさせることなのですぞ」
「……」
「いいですな? 魔族は敵なのですぞ!」
ハロルドがそう強く言い聞かせると、将司の胸元で教皇からもらったネックレスの赤い宝玉がわずかな光を放った。
すると将司の瞳から一瞬光が消えた。そして憑き物が落ちたかのようにすっきりした表情をハロルドに向ける。
「そうですよね。魔族は敵ですよね」
「そのとおりですぞ。ご理解いただけて何よりなのですぞ」
◆◇◆
それから二週間ほどかけ、双方は徹底的に補給部隊に対するゲリラ攻撃を行った。
その結果シェウミリエ帝国軍は七千名もの兵士からなる輜重部隊の半数が撃破され、コーデリア峠攻略のために布陣していた約一万の兵の大半をズィーシャードに戻すことを余儀なくされた。
一方で徹底的にコーデリア峠への補給を叩かれた魔族側も甚大な被害を被った。補給の任にあたっていた三百名ほどの兵のうち五十名ほどが戦死し、百五十名ほどが大怪我を負ってホリーのいる病院に担ぎ込まれたのだ。
これまでの戦いでの戦死者を合わせるとその数は五百名にも上り、これはボーダーブルクの常設軍のなんと一割にも達する。
この戦果を好機と捕らえたシェウミリエ帝国軍は、ズィーシャードまで撤退してきた軍をすぐさま再編成し始めるのだった。




