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魔族に育てられた聖女と呪われし召喚勇者【完結済】  作者: 一色孝太郎


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第56話 偏見と治療(後編)

 その日の午後、お昼休憩を挟んで私は重症の患者が集められている部屋へとやってきた。


 しかし部屋には死の雰囲気は漂っておらず、昨日と違って空気もよどんでいない。


「ホリー先生、お願いします」

「はい。さっきちょっと奇跡をたくさん使ったので、今日は三~四人くらいにしておきます」


 私は昨日一番最初に治療をした一番奥で寝かされている人のベッドの前にやってきた。


「う……あんたが、ホリー先生か」

「はい。もう大丈夫ですよ。あの、包帯を」

「あ、私たちがやりますよ」


 私が包帯を取ろうとすると、部屋にいたスタッフの人が包帯を外してくれた。


「チャールズさん、この患者さんの両足って残っていますか?」

「いえ。ゾンビどもに食われてしまい……」

「そうですか。わかりました。あの、私では失った両足を元に戻すことはできません。それでもいいですか?」


 ニール兄さんのときのことがあるので、私は念のため確認してみた。


「ああ、ホリー先生。命があるだけでも儲けもんだ。頼む」


 ああ、やっぱりそうなのかもしれない。


「わかりました」


 私は大治癒の奇跡を発動し、患者さんの足を治療する。


「おお……」

「す、すごい……」


 スタッフの人の驚いたような声が聞こえてくる。その間にも患者さんの傷口はみるみるうちに塞がっていき、やがて傷は完全に皮膚で覆われた。


「……すげぇな。まるで痛くねぇ」


 患者さんは心底驚いたようで、塞がった傷口を手で触っている。


 よかった。うまくいったようだ。


「先生、ありがとう。これで家族ともう少し一緒にいられる」

「どういたしまして」


 次の患者さんの治療をしようと隣のベッドを確認すると、そこには昨日と同じで全身が包帯でぐるぐる巻きになった患者さんが横たわっている。


「治療しますよ」

「治療はいらねぇ! 人族に治療されるくらいなら!」

「ちょっと! アーノルドさん! 何を言ってるんですか! ホリー先生はシェウミリエの連中とは違います! 先ほどだってゾンビに噛まれた人たちを百人以上治療してくれたんですよ!」


 チャールズさんが患者さん、いや、アーノルドさんに向けて怒りを露わにした。


「けっ! そのゾンビだってシェウミリエのクソッタレどものせいじゃねぇか! そいつだって人族なんだ! 信用できるか!」

「アーノルドさん!」


 チャールズさんが怒りをぶつけるが、アーノルドさんは険しい顔のままそっぽを向いてしまった。


「……何があったのかは知りませんが、私はゾンビをけしかけるような人の仲間ではありません。私はただ傷ついた人を助けたいって思っているだけです」

「どうだか……」

「私は両親の顔は知りません。それにアーノルドさんの言うように人族なのに育ててくれた魔族のおじいちゃんだって亡くなりました。でも私はおじいちゃんに、助けられる命を助けないのは薬師として、そしてそれ以前に人として恥ずべき行為だと教わりました。ですから、私の目の前にいる以上、私はアーノルドさんを治療します」

「……」


 アーノルドさんはしばらく沈黙した後、勝手にしろ、と小さく(つぶや)いた。


「あの、包帯を」

「はい」


 スタッフの人がアーノルドさんの包帯をほどいた。アーノルドさんの全身に無数の噛まれた傷があり、あちこちの肉が大きくえぐり取られている。


「治療しますね」


 私は大治癒の奇跡でアーノルドさんの治療を行い、傷口はやがてきれいに塞がった。


「もう大丈夫です」

「……ああ」


 アーノルドさんは憮然とした様子でそう呟いた。


「では、次の患者さんを」

「はい」


 こうして私は患者さんの治療を続けるのだった。


◆◇◆


 それから私は十日かけて、残る重傷者の治療を終えた。


 初日はあれほど死の雰囲気が漂っていた病室も今やほとんどが空きベッドで、最初に治療した両足を失った患者さんも車椅子の使い方を勉強する施設に移っている。


 車椅子というのは椅子に馬車のような車輪のついた魔道具で、魔力を流すことで車輪が回って自由に移動できるようになるらしい。


 そして驚いたことに、なんとその車椅子にもニコラさんの発明した魔動車の技術が使われているのだそうだ。


 好奇心の塊で、魔道具を前にするとまるで子供のようになる人だけれども、ああやって好きなことをして人の役に立つなんてとても素晴らしい人だと思う。


「ホリー先生、お疲れさまでした」

「そろそろ帰りますね。ニール兄さんも心配しているでしょうから」

「はい。ありがとうございました」


 私はチャールズさんと別れ、勝手知ったる病院内を入口に向かって歩いていく。そうして病院を出ると、なんとそこにはアーノルドさんが立っていた。


「こんにちは」

「ああ……」


 アーノルドさんはぶっきらぼうにそう答えたが、それ以上は何も言ってこない。


 私は会釈をしてアーノルドさんの脇を通り、町庁舎に向かおうとするが、なぜかアーノルドさんが立ちふさがる。


「あ、あの?」


 アーノルドさんは背が高いので、こうされると威圧感があって少し怖い。


「……」


 しかしアーノルドさんは無言のまま、私の進路に立ちふさがってくる。


 危害を加えようとしているわけではなさそうだが……。


「アーノルドさん? あの? 用がないなら通してほしいんですけど……」

「……」


 しかしアーノルドさんが通してくれそうな気配はない。


 私が困っていると、アーノルドさんが小さな声で何かを呟いた。


「……った」

「え?」

「だから、すまなかったと言っているんだ!」


 突然声を荒らげたが、私は何を謝られているのか理解できない。


「……俺は、ここよりももっと人族の領域に近い村で暮らしていたんだ。ただ平和に暮らしていただけなのに、俺はシェウミリエのクソッタレどもに身重の妻を殺されたんだ。お腹の赤ん坊もろとも!」

「……」

「シェウミリエのクソッタレどもと先生は違うっていうのは頭では分かってたんだが……その、だから、ひでぇことを言ってすまなかった」

「……そうでしたか。でも治って良かったです。きっと奥さんもお腹の赤ちゃんも、きっときっと、アーノルドさんが生きていて良かったって思ってますよ」

「そうか? そうかもな。ああ、先生。ありがとう」

「はい。どういたしまして」


 それから私はアーノルドさんと別れ、町庁舎に向かうのだった。

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