登山一週間前
スマホの便利な機能は色々あるが、アルバムの機能はかなり凄いと思う。家の押し入れには昔のアルバムが眠っているけど、ほとんど開けることがない。大切な思い出だけど、引っ越しでもしない限りホコリを被ったまま。ところがスマホのアルバム機能は、
――10年前の思いで!
といった感じで、頼んでもいないのに勝手に懐かしい写真を見せてくれる。しかも、ただ昔の写真を並べるだけではなくて、息子たちそれぞれに分けて紹介してくれたり、1つの旅行をひとまとめにして編集してくれたりと、なかなかに凝った演出までしてくれる。
長男と次男は大学生になり、三男は中三になった。息子たちが幼かった頃は、一緒に遊んだり遠出をしたりと何かと関わってきたが、今は僕の手から離れてしまった。昔のように「パパ~」と言いながら駆け寄ってくることはない。昔は家族団らんで食事をしていたが、今は正月や法事といったイベントごとが無いと一緒に卓を囲むことがない。そんな寂しくなった日常の中でスマホから通知が来ると、幼かった息子たちの写真をつい見入ってしまう。懐かしい思い出に満たされる。とても便利というか気の利いた機能だと思う。
手間が掛からなくなったこのタイミングで、僕は急にアクティブになった。このエッセイのように文章を書く趣味を本格的に始めたし、聖徳太子に関係する古代史に興味を持つようになったし、史跡を調べるのが目的だけどスーパーカブで遠征することが多くなった。昨年からは、登山にも挑戦するようになり、活動範囲はさらに広がるばかり。
色々と二転三転したけれど、一週間後にはスーパーカブで長野県の白馬に行く。片道450km。到着したらスーパーカブを置いたまま、白馬岳の中腹まで登り雪上にテントを張る。目が覚めたら標高2,932mの白馬岳にアタックする。登る途上で日の出を拝み、山頂からは日本海や立山それに富士山を見てみたい。今はそんな事ばっかり考えている。
昨日は仕事から帰ると、スーパーカブのメンテナンスをした。オイル交換、タイヤの空気圧のチェック、それから伸びきっていたチェーンのコマを一つ切った。たったそれだけの整備で、相棒はかなり元気になった。快調に走る。その足で、100均に買い物に向かった。
目的の品は、ピッケルカバーの材料。登山の道具は何もかもが高い。僕のお小遣いでは買えない。なのでヤフオクをよく利用する。新品のピッケルは安くても1万5千円はする。中古の相場は色々で、状態が良いと1万円前後。そうした中、塗装が剥げているが2千円の格安で競り落とすことが出来た。物はしっかりしている。ただ、ピッケルは先が尖がっていて危険なのでカバーが必要だった。
100均に到着したがこの段階では、どのような材料でカバーを作るのかはイメージ出来ていない。店内をウロウロしながら物色する。最終的に、合成皮革とゴムバンドで作成することにした。皮革の張り合わせには、リベットを使う。過去に使った残りがまだあった。張り合わせるときに、ワザとリベットを沢山使って豪華にしてみよう。
ピッケルは、鋭いピックがあるヘッド部分と、先が尖がったシャフト部分で構成されている。どちらにもカバーが必要だ。それぞれの尖がっている部分を皮革で包み込み、大きくベロを出してリベットを目立つように打ち込む。シャフトの尖がっている部分は、切り出したホースの先端を埋め込むことで強度を増した。そのままだと落ちてしまうので、ゴムバンドで固定できるように工夫する。自分で言うのもなんだが、大層立派なものが出来てしまった。 嬉しくなったので、子供部屋でゲームをしている三男に自慢しに行ってみる。
「ふ~ん」
素っ気ない返事だった。すごすごと退散する。趣味の世界とは往々にしてそういうものである。
――承認欲求を得る為に楽しんでいるんじゃない。
そのように自分に言い聞かせて、カバーが装着されたピッケルを眺めた。実に良い出来だ。




