伸びるとき
嫁さんのLINE経由ですが、東京にいる次男の様子を聞くのが楽しい。大学生になった次男は、寮ではなく下宿を希望しました。9畳の大きな部屋で、風呂とトイレは別になっています。僕が20代の頃は、汲み取り式の便所から香しい臭いが漂う木造アパートで独り暮らしをしていたので、それとは雲泥の差です。大学の勉強に付いていけているのか心配ですが、一人暮らしは満喫しているようです。
最近の次男情報は、自炊報告が多い。調理した豚丼や親子丼の写真を、嫁さんのLINEを経由して僕も確認しています。お弁当を作る時もあるそうで、自分が調理した料理がかなり美味しいとのコメントも添えられていました。実家にいるときの次男はかなりの偏食で、果物は食べない。野菜も嫌い。好きな料理は、うどんとお好み焼き。基本的に刺激の強い料理は好まない。一日一食でも平気なところがあり、身長が178㎝もあるのに、体重は45kgくらいしかなかったと思います。
――食べることに関心がないのかな?
くらいに思っていました。ところが嫁さんが嬉しそうに語ってくれます。
「シンゴ、ほうれん草を買ったみたい」
「ほうれん草って、あのシンゴが?」
「うん。なんでもスーパーよりも野菜直売所の方が安かったんだって」
「直売所って、あの道の駅みたいなところやろう?」
「そうだと思う」
「結構、距離があるで!」
「まあ、自転車があるから何とかなるんちゃう」
「へー、あのシンゴが……」
僕が料理を作っても、あれが嫌い、これが嫌いと文句を言っていたシンゴが、ほうれん草を買う。その事実一つから、次男がこの短期間に大きく成長したことを感じました。その喜びを、電話やLINEを通じて僕も感じてみたい。でも、グッと堪えて、僕は次男に連絡をしません。古い考え方なのかもしれませんが、今の次男にとって、一人でいることが重要だと考えています。様々な諸問題に対して、自分で考える。自分で決める。そんな当たり前のことが、シンゴを成長させるからです。父親である僕からの声は、シンゴの判断を曲げてしまいます。それではいけない。仮に、シンゴから直接に僕への連絡があった場合は、丁寧に対応します。これは構わない。そんなルールを、僕の中で作っています。ただ、シンゴから僕に連絡があることはないでしょうけどね。僕がそうだったから。
一人暮らしをしていた頃、アパートに風呂が無かったので、毎日のように銭湯に通っていました。界隈には7軒も銭湯があったので、気分によって日替わりで風呂を楽しんでいたのですが、今は一軒しか残っていませんが……。そんなある日、銭湯で給料袋を無くしました。いや、盗まれたのかもしれません。気が付いたのは、銭湯から上がって買い物に行ったときになります。会計をする段階で発覚しました。顔面蒼白。買い物をせずに慌てて銭湯に戻りましたが、結局のところ給料袋は見つかりませんでした。
お金がない。最低でもこの一か月はお金のやり繰りを見直す必要がありました。まず、外食は最優先で止めなければなりません。当時の僕は毎日が外食だったのですが、これを止めるということは自炊をするということです。ただ、この時まで僕は本格的な自炊の経験がありません。出来ることは、ご飯を炊くくらい。今なら、スマホで検索をすれば様々なレシピを参照することが出来ますが、当時はそんな便利なものはありません。母親に電話をします。
「肉じゃがを作ってみたいんやけど」
「急に、どないしたん?」
事情を説明した後、肉じゃがの作り方を電話で教えてもらいました。ボールペンでメモをして、材料をスーパーに買いに行きます。調理する段階になって、アパートの台所からまた母親に電話をしました。現在の僕は料理を作る前から、調理の手順や味つけについてイメージすることが出来ます。しかし、当時の僕にとっては未知の領域でした。調理をするということが、なにか魔法のように感じていたのです。たどたどしい手つきで、肉じゃがが出来上がりました。白ご飯も炊きあがります。出来た料理を盛り付けて、炬燵の上に置きました。
「いただきます」
自分でいうのもなんですが、とても美味しかった。それ以来、調理は僕の趣味になりました。そんな僕の経験を重ね合わせながら、シンゴを見ている僕がいます。
――頑張れよ。
そんな気持ちで一杯です。




