雪山登山⑥味噌鍋とにごり酒
目が覚めました。手を伸ばしてスマホを探します。16時を回っていました。1時間半も寝ていたことになります。思っていた以上に疲れていたようです。しかし、日中とはいえ氷点下のなかで、安易に寝てしまったのは、少し迂闊だったかもしれません。まー、特に寒さも感じなかったので良かったけれど……。
今回、雪山でテント泊をするに当たって、色々と対策を講じてきました。その一つがキャンピングマットになります。これまでの野宿では、安い銀マットを使っていました。氷点下の時は、その安い銀マットを2枚使います。その分積載量が増えますが、スーパーカブのリアキャリアに固定するだけなので、さほど負担にはなりません。ところが、今回はナップザックで背負える分しか運べない。寒さ対策の為に荷物を多くしたら、容量オーバーで運べなくなります。
キャンピングマットは、クローズドセルマットとエアマットの二種類があります。クローズドセルマットは、発泡性の素材を使ったマットのことで、僕の安い銀マットはこれに該当しました。対してエアーマットは空気を閉じ込めたマットのことで、性能面ではクローズドセルマットよりも優れています。具体的には、保温性能は抜群だし、空気を抜くことでとてもコンパクトになりました。それならエアーマット一択……と考えがちなのですが、一つだけ大きな欠点があります。それは、穴が開いたら使えない。
結構悩みました。キャンプにおいて耐久性は重要です。テントを張るにしても、いつも整地された場所に張るわけではありません。小石や枝がエアーマットに穴を開ける可能性は大きい。また、厳冬期ではテントの中でガスバーナーを使うこともあります。火によってマットに穴を開けるかもしれない。もし穴を開けてしまったら、どんなに優れた性能であっても使えなくなります。それは、厳冬期においては余りにも危険でした。
――厳冬期では、クローズドセルマットは使えないのか?
経験したことがないので、これが分からない。ネット上にアップされている、雪山登山の体験談を追いかけてみました。色々読んでみて僕が納得できた意見は、耐久性重視でクローズドセルマット一択……でした。というわけで、僕の安い銀マットよりも保温性能が高くて、且つなるべく安いクローズドセルマットを探します。僕のチョイスは、「CAPTAIN STAG | EVAフォームマット 」に落ち着きました。
昼寝での感想ですが、全く問題はなかった。若干、クッション性能が弱いのですが、地面からの冷気は感じませんでした。というか、ネット情報の上位はほとんどが広告なので販売が目的になります。保温性能を数値化して、様々な種類のキャンピングマットの比較を行っていましたが、これは体験談ではありません。
また、キャンプなのに快適性を求めがちだと思います。良くあるキャンピングマットの使用例で、僕が購入した「CAPTAIN STAG | EVAフォームマット 」を下に敷いて、その上にエアーマットを使うと、とても快適だった……とありました。そりゃ、快適だと思います。ただ、僕に言わせると、
――そんなに快適さを求めるのなら、家で寝てろ!
僕の持論になりますが、キャンプって不便さを楽しむものだと思います。不便だから、自然を感じることが出来る。不便だから、頭を使って工夫する。だから面白い。雪山で寝るのなら、寒さを味わうことも楽しみの一つだと思うのです。ただ、寒すぎて死んでしまったら元も子もありませんから、最低限度の対策は必要になります。今回購入した「CAPTAIN STAG | EVAフォームマット 」は良い製品だと思います。軽くてコンパクト。今後も使い続けると思います。
寝袋から抜け出して、避難小屋の外に出てみました。当たり前ですが、誰も居ません。見渡す限り雪ばかり。ただ、昼寝前と比べて大きな変化がありました。夕日に照らされて、雪がオレンジ色に光っていたのです。
――おおぉ。
感嘆の声が洩れました。思わず立ち尽くしてしまいます。首から下げているスマホを持ちあがて、写真を撮りました。何枚も撮りました。ただ、写真ではその美しさがどうしても表現できません。ちょっと残念。
もう直ぐ日が沈みます。オレンジ色のこの雪景色は、時間の経過とともに黒く染められていきます。その前に、やることがありました。目の前の雪を溶かして、飲料水を作ることです。テントにもどり、手提げのビニール袋とプラ製のスコップを持ち出しました。小屋から少し離れて、汚れていない綺麗な新雪の前に立ちます。表面の雪は捨てて、中の綺麗な雪をスコップで掬い、ビニール袋に入れました。袋は雪で満杯にします。雪の体積は大部分が空気になるので、この満杯の雪を溶かしても500mlくらいの水しか得られません。
僕のザックには、予備の水が500mlあります。その水を少しだけコッヘルに入れて火をかけました。この水は呼び水で、雪だけで火をかけると空炊きの危険があるのです。雪なんてすぐに解けると思いがちですが、氷点下の世界はその常識が通用しません。
コッヘルの中に雪を入れつつ水を作りますが、案外と時間がかかります。この時ガスボンベは、氷点下でも使えるものを使用します。でないとガスが気化しません。また、火をかけている間は、ガスが気化するときに温度を奪うのでカートリッジが凍ります。僕は土間の上で作業を行ったのですが、カートリッジが大地に凍り付き固着してしまいました。
雪をコッヘルに入れる作業を繰り返して、今晩の鍋に必要な水と明日の朝のラーメンに必要な水、合わせて1ℓを生成しました。殺菌処理の為に一度沸騰させて、コーヒーフィルターでろ過します。フィルターを見ると、小さな枝や葉っぱが取り除かれていました。
もう直ぐ日没、お湯が出来たのでこのまま鍋の段取りに移ります。鍋の材料は、事前に準備を済ませてジプロックに入れてきました。鍋の材料は、ゴボウのささがき、白ネギとエリンギをカットしたもの、鶏皮になります。鶏皮は、塩コショウで下味を付けた後、自家製の味噌と生姜と粉末のダシをまぶしていました。そのまま鍋に入れることで、鍋の味付けが完成します。あと、豚ロースのカットも用意していました。鍋を食べた後、追加で豚を楽しむつもりです。
それらの作業をしながら、ビールを飲みます。氷点下の中でも、やっぱり冷えたビールは旨い。ビールは2缶用意していましたが、あっという間に飲み切りました。本当は、もう1缶用意するつもりでしたが、あまりのザックの重さに泣く泣く減らしました。その代わり、日本酒を用意しています。一つは熱燗用のカップ酒、ひとつは菊水の五郎八。
菊水の五郎八は、新潟県のお酒になります。にごり酒で甘い。酒税法では、純粋な日本酒には含まれないと思います。今回の雪山では、熱燗を飲むぞーと決めていました。ただ、専用の道具を用意するのは荷物になるので、ワンカップを持っていくことにします。それで帰るつもりだったんですが、酒屋さんでウロウロとしていたら、このにごり酒を見つました。
――ん?
妙に心に引っ掛かりました。昨年、丹後半島の旅で飲んだ古酒の熱燗が非常に美味かった。普段は切れのある端麗な日本酒を飲んでいます。でも、日本酒の世界は広い。これまでに飲んでこなかった味を試してみる、良い機会だと思いました。300mlの小さな小瓶を購入して、ザックに忍ばせていました。味が濃い味噌鍋に、この白いにごり酒を合わせます。
――旨い。
目を瞑って、菊水の五郎八を味わいました。いつもの日本酒は、気遣いが出来る大人の味。料理の味を殺すことなく、調和を重んじます。ところが菊水の五郎八は、無邪気な子供の味。口の中で跳ね回って笑顔を振り撒きます。それでいて料理の味と争うことはない。手を繋いで踊っているようです。
――ああ、こんな取り合わせもあるんだ。
大きな発見でした。妙に納得しながら、菊水の五郎八を楽しみます。寒い雪の中というシチュエーションと相まって、にごり酒……好きになりました。また飲みたいと思います。ウィスキーも用意していたのですが、もう飲めません。食べれません。外は真っ暗です。ほろ酔いになりながら、火を落としました。




