発酵食品、酒と糠
先日、友人から日本酒を頂きました。奈良県は千代酒造で醸された「篠峯」です。これがとても美味しい。ネットで検索すると「篠峯」には多くの種類があるのですが、僕が飲んだのは非売品だそうです。搾りたての日本酒で、瓶の底には白い酵母が沈殿していました。友人が僕に注意します。
「揺らしたらあかんで。冷蔵庫で冷やしてな」
取扱注意のこのお酒、以前にも飲ませて頂いたことがあります。封を開けたとき、シャンパンのように栓が飛び出してしまいました。中身の三分の一近くが溢れ出してしまい、ひどく後悔した記憶があります。今回は揺らさないように揺らさないように注意しながら、冷蔵庫に納めようとしました。ところが、僕の冷蔵庫は一升瓶を立てて納めることが出来ません。不安に駆られながらもゆっくりと瓶を傾けて、横に寝かして冷やしました。底に沈殿していた酵母が揺らされて透明だった液体が白く濁ります。それだけでも、少し心配。
美味しい日本酒と合わせるのなら、アテは魚がいい。刺身もいいけど、味が凝縮された干物が食べたい。仕事のお得意様でもあるスーパー「たこ一」に向かいました。買い物かごを持って店に入ろうとすると、銀杏が売っていました。すかさず手に取ります。フライパンで焼き銀杏にしよう。あの臭さが好きなんです。銀杏を焼き始めると子供や嫁さんは逃げ出しますが、銀杏の美味しさを知らないなんて可哀想。ペンチを用意しないと殻が割れないという煩わしさはありますが、吞みだしたらそうした作業も酒のうち。食べれば素朴で懐かしい味が口内に広がります。
魚売り場では、真っ先にブリの切り身の安売りが目につきました。ブリの照り焼きも悪くない。でも初志貫徹で干物コーナーへ。ホッケの干物に手を出そうとしましたが、お隣に水カレイの干物が見えました。少し考えて、水カレイをチョイス。ホッケの方が旨味は多いような気がしますが、水カレイの白くて上品な味わいの方が「篠峯」には合うような気がしました。
折角なので鮮魚コーナーも物色します。マグロに鯛、スルメイカにタコ。どれも美味しそうですが、どれもお高い。僕は包丁が扱えるので、刺身くらいなら僕が捌くのですが、どうしても財布と相談してしまいます。メインは水カレイの干物なので、刺身はおまけ位でいい。その時、ネギトロに目がとまりました。価格も手ごろです。
――これだ!
ネギトロを買い物かごに入れて、ついでに水菜も買いました。小鉢の底に水菜を敷き詰めて、感じよく葉っぱを広げます。その中に、ワサビと醤油とごま油で味付けしたネギトロを盛り付けます。更には、その中に温泉卵を割り入れるのです。ネット検索で見つけたレシピでした。想像しただけで美味そうです。レジに向かおうとしました。
――ん?
足が止まりました。銀色に光る魚に目が釘付けになります。鰯でした。しかも大きめ。鮮度は良さそうだし、とても美味しそうです。価格も悪くない。実は、鰯を使ってやってみたいことがありました。それは糠漬けです。
以前に、鯖の糠漬けのことを紹介しましたが、記憶に残るくらいに美味しかった。若狭から能登周辺のヘシコ文化圏では、鯖以外にも鰯やフグの内臓を糠漬けにするそうです。フグの内臓は怖いですが、鰯なら手軽です。是非とも食べてみたい。そのように考えていました。そのイワシが大ぶりのイワシが、僕の目の前にある。即買いです。
家に帰り、すぐさま台所に立ちました。調理らしい調理はありませんが、銀杏を炒ったり、水カレイを丁寧に焼きます。ネギトロを盛り付けたら、最後は鰯の仕込みです。大きめの鰯だったこともあり、内臓もそれなりに大きかった。肝や白子を取り分けて、水で洗いました。これは刺身で食べます。以前に使った糠味噌を残していたので、新たに糠床を足しました。よく混ぜたのち、塩で水抜きした鰯を糠味噌に沈めます。明日以降から、食べることが出来ます。
調理が終わったら、風呂に入ります。綺麗に身を清めたのち、「篠峯」の開封の儀に取り掛かります。前回は、吹き零してしまいました。今回は丁寧に取り扱っています。大丈夫だと思います。心を静めて……オープン!
――ポンッ!
蓋が天井に向かって飛び上がりました。でも、吹きこぼれはなし。大成功です。ただ、気圧が解放されると同時に、底に沈んでいた酵母が暴れ出し、透明だった日本酒が白く濁りました。コップに注ぎます。
「篠峯」 美味しかったです。日本酒なのに爽やか。熟成された太いボディも大好きですが、初恋のような甘酸っぱい想いにさせる「篠峯」さん。最高です。美しいお酒でした。酒のアテも、大人しいものをセレクトして良かったと思います。主張しないから「篠峯」さんの美しさを壊さない。例えるなら、可憐な少女に強面のヤンキーが言い寄るのは美女と野獣。それも面白いのですが、今回は、村下孝蔵の「初恋」でいきたい。
好きだよと告白できない、初恋。
放課後の校庭を走る君を、遠くから見つめているだけの男の子。
そんなシチュエーションでしょうか。勝手な想像を膨らませて三分の二ほど飲んだら、次の日に酒が残るくらいに酔いました。フラフラ。
鰯の糠漬けは、次の日に食べましたが、とても美味しかった。これまでに、鮭の粕漬けや鯖の糠漬けを自分勝手に作ってみましたが、鰯が一番美味しかったように思います。僕の糠漬けライフにあまり干渉してこない嫁さんに、鰯の糠漬けを食べてもらいました。
「おいしい……」
素直な一言、ありがとうございます。自信がつきました。今後も、魚関係の糠漬けにチャレンジしたいと思います。




