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だるっぱの呟き  作者: だるっぱ
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一打誤る

 大学を卒業したあと、中央卸売市場の荷受という会社に入社しました。その時の上司が、現在の会社では、僕の部下になっております。この様な言い方をすると下剋上のようで嫌なのですが、僕はその先輩を下に見ているつもりはありません。とても尊敬しております。


 以前に僕は「逃げるしかないだろう」という小説を書き上げましたが、この舞台は1980年です。当時の芸能に関して、僕は知りません。何故なら僕は11歳です。その頃、先輩は吉本新喜劇に在籍していました。先輩から当時の芸能に関して教えて頂けたのも、先輩の経歴があったればこそです。非常に感謝しております。そんな先輩なのですが、非常にゴルフが好きです。それこそ自分の年齢を考えての発言なのですが、ゴルフ場で突発的に亡くなったらそれは本望だと豪語する方です。非常に面白い方です。この間、会社の社長とその先輩がゴルフに行くことになりました。過去の勝負は、20年前です。珍しい対戦でした。先輩は宣言します。


「この勝負に負けたら、ゴルフをやめる」


 僕は若い頃にゴルフを真似たことがあります。しかし、直ぐに止めました。お金が掛かるからです。ですが、ゴルフという競技に興味が無いわけではありません。ゴルフの面白さは、表面的ですが分かっているつもりです。非常に繊細なスポーツで、心理的な要因にとても左右される競技だと認識しております。


 先輩は、会社員時代にゴルフを覚えました。接待ゴルフです。そこそこ打つことが出来ます。定年を迎えてから、ゴルフの本当の面白さに目覚めました。毎日練習を欠かしません。年齢と共に飛距離が落ちてきましたが、アプローチとパットの精度を磨きます。普段は90台ですが、調子が良いと80台で回るそうです。対して社長は、若い頃にゴルフの基礎を覚えました。しかし、練習は最初だけで、近年は打ちっぱなしにも行きません。それでもコースに出れば100近くのスコアを出すそうです。社長は、とにかく練習をしません。


 現在の条件を並べると、社長よりも先輩に分がありそうです。ただ、先輩には宣言したことによるプレッシャーがありました。大好きになったゴルフ人生を自ら賭けたのです。そこが面白い。観戦者の僕は、その勝負の行方を楽しみにしていました。結果は、先輩が勝ちました。安定した勝利だったようです。社長は、先輩の丁寧なプレイに敬意を表しました。社長の素直な感想に、僕は逆に興味が湧きます。僕は、その勝負の勝因について先輩に尋ねました。先輩は答えます。


「一打誤る事の勇気が必要だ」


 意味が分かりますか。先輩は70歳くらいです。社長は50代後半です。親子ほどの年の差がありました。体力は、全く違います。普段、仕事をするときは先輩は社長に頭が上がりません。仕事においては、社長の指示や方向性は絶対です。しかし、対等なゲームにおいては、先輩に一日の長がありました。先輩は、ゴルフに関しては毎日練習をしています。打ちっぱなしは日課になっておりました。その上、筋力の衰えを気にして、重い鉄の棒を振って筋力を維持してたりしています。70歳とは思えない練習量でした。その上で、勝負に対する哲学が明確だったのです。


 ――ラフやバンカーにボールを盗られた時の対処法に関して、あなたならどのように対処しますか?


 ラフに嵌ったボールの目の前に、行く手を遮る大きな林があったとします。多くのプレイヤーは、林の隙間を目掛けてボールを打つかと思います。先輩はしません。林の隙間を抜けるというギャンブルを犯さずに、丁寧に横にボールを逃がします。その事で一打損をしますが、大きなミスは犯しません。先輩曰く、「その一打を誤る勇気」が結果として勝利を呼び込むのだそうです。


 考え方は人それぞれです。僕が物語を作るとしたら、ボールが林を抜けたことによるどんでん返しを物語に盛り込むかもしれません。しかし、それは偶然に近い。林の隙間を抜ける精度を打つスキルを磨くよりも、そこに打ち込まない戦略、また打ち込んだとしても最小限の被害で回避する勇気。そうしたクレバーな選択が結果的に勝利を呼び込むことは大いにあると思います。


 先輩とのそうした会話はとても面白かった。林に打ち込む挑戦が悪いことではありません。しかし、実力が伴わない挑戦は無謀です。先輩は、70代という年齢を加味した上で、より勝利に近い選択を選んだだけです。先輩は、ドライバーを打っても、200ヤードに届かないくらいです。一か八かよりも、確実な一打を重要視しました。勝負を目の前で見たわけではありませn。それでも、非常に面白い勝負でした。

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