JAZZ――BLUE GIANTを観てきました
アニメ映画「BLUE GIANT」を観てきました。原作は、山岳マンガ「岳」で有名な石塚真一。若い頃にブラスバンドに所属していたそうで、ジャズというジャンルの音楽に魅せられたようです。その影響から、今回、紹介する「BLUE GIANT」というジャズを題材にした漫画を発表しました。現在も連載されています。
漫画という表現方法は、絵と文字です。人間は、漫画という情報を目で認識します。なのに、この「BLUE GIANT」という漫画は、
――音が聞こえる!
と評判になった漫画です。僕も読みましたが、主人公がサックスを吹くシーンは圧巻です。なんだかジャズが聞こえる。そう錯覚させる漫画なのです。内容も熱くて、主人公の生きざまに読者が引っ張られていきます。ワンピースのルフィみたいですが、主人公は叫びます。
「俺は、世界一のサックスプレイヤーになる」
その夢を実現させるために、主人公は全てを捨ててサックス一筋です。本当に熱いんです。その熱さに痺れます。
漫画の原作が素晴らしかっただけに、映画化に関しては懐疑的な意見もあったようです。ところが、上映されると、各所から映画を褒めたたえる声が広がりました。多くの方が絶賛する映画なので、今更、僕が紹介するほどのことでもないのですが……本当に良かったです。途中、何度も目頭が熱くなり、最後は泣きました。50歳も過ぎると、涙腺が緩くなります。ひたむきに生きる青年たちの生きざまに、大喝采を送りたい。そんな映画でした。
ただ、原作との違いや、また演奏シーンでの3Dモーションの荒さに言及す方もいます。そうしたことは言い出したら切りがない。目くじらを立てずに、同じ観るなら楽しんだ方が良いのにな~と、思ったりします。
「BLUE GIANT」は、ジャズを題材にしています。ただ、ジャズという音楽は、かなりマイナーですよね。ラジオにしろテレビにしろ、ジャズを専門とする番組ってあるのかな? 嫁さんにジャズの話を振ると、「火曜サスペンスで流れる音楽?」みたいな返事が返ってきました。知らない人は、全く知らない音楽だと思います。
僕は友達からの影響で、大好きになりました。今でも若い頃に蒐集した大量のCDが押し入れに仕舞ってあります。名盤といわれるアルバムは、パソコンに落として、スマホにも移し替えています。ソロでキャンプに行くときは、ウイスキーを飲みながら、ジャズで浸ります。とても楽しい。
ただ、ジャズって、初めて耳にする人には少し難解なところがあります。現代は、TikTokに代表されるように、短くて分かりやすいものが支持されます。聞いた話では、音楽のサビだけを流す番組? もあるとか。そうした現代の音楽シーンを考えると、ジャズはますます難解だと思います。
ジャズと一口に言っても、幅広い。グレン・ミラーに代表されるスイングジャズ。チャーリー・パーカーに代表されるビバップ。マイルス・デイビスが中心となるモード。更には、全く難解なフリーというジャズもあります。「BLUE GIANT」のジャズは、どちらかというとビバップの色が強いです。
10代の頃の僕は、音楽といえば音楽番組「ベストテン」で紹介される歌謡曲の事でした。大学生になり、ビートルズに影響を受けてから、音楽の楽しさ奥深さを感じるようになります。社会人になり、友達にライブに誘われました。そのライブはホテルのBARで行われるのですが、ジャズバンドでした。実は、その友達はサックスを練習していて、友達の師匠が演奏するライブだったのです。編成は、ベース、サックス、ピアノ、ドラムのカルテット。ジャズの色は、ビバップ色が強かったです。
ただ、その頃の僕は、ジャズの良さが分かりません。捉えどころのない音の羅列にしか聞こえない。どちらかというと、花より団子。お酒を飲むことだけが楽しみでした。ジャズは分からないけれど、雰囲気は良い。まったりと時間が過ぎていきました。ライブも後半になった頃、リーダーのベーシストが、観客に問いかけます。
「何かリクエストはございませんか?」
リクエストと言われても、僕はジャズを知りません。中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」をリクエストする空気ではありません。戸惑いました。ベーシストはBARを見回して、両親に連れられてきた一人の幼い女の子を見つけます。幼稚園か小学校に上がったくらい。ベーシストが、その女の子に尋ねます。
「お嬢ちゃん。何か好きな音楽はないかな?」
観客の視線が、その女の子に集まります。意外な展開に、僕もワクワクです。その女の子は、動揺することなく強い口調で答えます。
「もみじ」
童謡です。幼い女の子らしいリクエストです。とても可愛らしい。ジャズのリクエストに「もみじ」はどうなのか? とも思いましたが、演奏が楽しみです。「もみじ」なら僕にも分かります。ところが、そのベーシストが首を傾げたのです。
「もみじって、どんなメロディーだったかな?」
他のメンバーに視線を送りましたが、誰もが首を傾げたのです。
――オイオイ。
ツッコみたくなりました。僕でも分かるのに、音楽のプロが分からない。そのベーシストは、再度、その女の子に尋ねます。
「お嬢ちゃん。少し歌ってくれないかな」
――えっ!
凄い無茶ぶりです。ところが、その女の子は凄かった。素直に歌い始めたのです。しかも、結構上手い。凛とした声が印象的でした。
♪あーきのゆうひーに、てるやま、もーみいじー
一小節が終わると、その女の子の声に続くように、サックスが「もみじ」のメロディーをソロでなぞりました。演出かと思ってしまうくらいにドラマチックです。サックスがテーマを吹き終えると、ベースやピアノ、それからドラムが加わってきました。それがまた格好良い。予め打ち合わせをしていたのか? と勘繰ってしまいそうですが、その自由さがジャズだったんです。
テーマである「もみじ」のメロディーラインは、演奏が繰り返されていくと変化していきました。粘土でも捏ねるように、音が変わっていくのです。しかし、どんなに変化してもその奥底から、「もみじ」が聞こえてきます。痺れました。今まで、音の羅列にしか聞こえなかった演奏が、具体的なディテールを持ち始めたのです。
――ああ、そうなのか。
ジャズを初めて感じた夜でした。それ以来、ジャズの名盤と呼ばれるアルバムを買いあさりました。ドはまりです。聴けば聴くほど程、発見がありました。同じアルバムであっても、聞くたびに新鮮でした。
「BLUE GIANT」と観たことで、懐かしい思い出にも浸れました。ジャズは、感情の音楽です。ルールがない。主人公の熱い激情を感じてみてください。ジャズが聴きたくなりますよ。