03.王都へ
ジークは物音で目が覚めた。
「おはよう、起こしちゃったかな?」
エドガーがすでに起きている。ジークは朝に強いと自負していたが、エドガーはそれ以上に強いようだ。
「おはよう。目を覚ますために水浴びをしたいんだけど」
「水浴びはできないけど、洗面所ならそこだよ」
エドガーが洗面所を指さしながら言う。ジークは日課である水浴びをしたかったが、しかたなく顔だけ洗うことにした。
―やっぱり朝はこれだよな―
ジークの朝は、水を浴びることで始まる。
ジークは完全に目が覚めた。
「ジーク、朝ご飯はどうする? あと、お昼も考えなきゃ」
魔導船に乗ってしまえば一日中空の上だ。弁当を持っていかなくては腹が減ってしまう。
「朝からやってる店はあるのか?」
「サンドイッチ屋ならやってるよ。名物だからおいしいよ」
「じゃあ、そこに行こう」
―ダピトに住むエドガーが言うんだから美味いんだろうなぁ―
ジークはエドガーの言うサンドイッチを食べてみたくなり、即決した。
サンドイッチ屋の前に着くと、名物店だけあって列ができていた。
「まだ早いからこれしか並んでいないけど、あと三十分もすれば、並ぶのが嫌になるくらいの行列になるんだ!」
「まだ増えるのか」
ジークにとっては店に並ぶということが初めてだ。並ぶのが嫌になる行列なんか見たことがない。その行列を見てみたい気持ちもあったが、それよりも、ジークは早くサンドイッチを食べたかった。
列に並ぶと、見た目よりも早く順番が回ってきた。
朝食用にワンセット、昼食用にサラダなど、いろいろ付いたセットを、二人それぞれ買う。
ジークは早く食べたかったので、魔導船乗り場への道中歩きながら食べ始めた。
「美味いなぁこれ」
「おいしいでしょ! 僕も好きなんだ」
エドガーもつられて食べ始める。
間に挟まった野菜がシャキシャキしていておいしい。
あまりのおいしさに、二人はあっという間に食べ終えてしまった。
「もっと食べたいな」
「お昼まで我慢だよ」
ジークはお昼の分まで食べてしまう勢いだったが、エドガーの言う通り我慢する。
口の中に残るサンドイッチの味を堪能していると、魔導船が見えてきた。
「でけぇな! 実物を見るのは初めてだし、もちろん乗ったこともない」
「僕は二回目だな。一回だけ王都に行ったことがある」
ジークは魔導船のあまりの大きさに驚く。三百メートルはあろうか。これが飛ぶとは到底思えない。
「王都まで、片道二枚お願いします」
ジークが魔導船に見惚れている間に、エドガーがチケットを買ってきてくれた。
「ありがとう。いくら?」
「いいよ、これくらい」
そう言ってエドガーはチケット代を払ってくれた。
初めて乗る魔導船の中は、一つの町があるようだ。
「すげぇ! 故郷よりも栄えてる。これが船の中だとは思えないな!」
「確かに、これが飛ぶなんて驚きだよね」
二人ではしゃいでいると、まもなくアナウンスが聞こえてくる。
『まもなく出発いたします。お乗りのお客様は、魔導船にお乗りになってお待ちください』
「おっ! 出発するのか! 窓際に行こうぜ!」
「待ってよ、ジーク」
ジークはエドガーを置いて、先に窓際に走り出す。
エドガーも遅れて窓際に着くと、魔導船は出発の合図を鳴らし、浮き始めた。
「エドガー見ろ! 浮いてるぞ!」
「ジーク、はしゃぎ過ぎだよ。注目を浴びてる」
「すまん。でも見ろよ! 浮いてるぞ」
ジークは注目を浴びていることなんか気にも留めずに、子供のようにはしゃいた。初めての経験に少年心をくすぐられたのだ。
「本当だ! ゆっくりと浮き始めてる!」
揺れも少なく、窓の外を見なければ、町にいるように思える。
しばらくして、魔導船をくまなく観察していたジークは、あることに気付いた。
「この魔導船は武装してないのか?」
「この船は王都行きだからね。空の中で一番安全な場所さ」
王都と周辺地域は第一、第二魔導騎士団が守っており、アースヴァルト王国で一番安全と言っていい地域だ。強いモンスターが出ることもあるが、民間人に被害が出ることはほとんどない。
「アースヴァルトの騎士や魔導士、ハンターの質は高いからね。めったに被害は出ないよ」
「それもそうか。大陸に名を轟かせる九英雄は、ほとんどがアースヴァルト出身だもんな」
「ジークは誰が好きなの?」
「俺は英雄王アーサーだな」
「意外だなぁ。僕はてっきり九英雄最強、冥王ロディオンかと思ったよ」
もちろん冥王も好きだが、王族でありながら最前線で戦う、アーサーのカッコよさがいいのだ。
「エドガーは賢者か?」
「僕はレベッカ様が好きだな。僕にないものをすべて持ってるから」
「お前の答えも意外だな」
九英雄の話はとても盛り上がった。大陸の人間ならば誰もが知っている話だ。嫌いな人はいないだろう。
「そろそろ昼だ。サンドイッチ食おうぜ!」
「そうだね」
ジークは楽しみにしていたサンドイッチを取り出す。
「いただきまーす」
サンドイッチにかぶりついたそのときだった。
ドゴォーンと大きい音を立てて、船が大きく揺れる。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
エドガーはきれいに一回転した。
「なんだ! くそっ、大丈夫かエドガー」
「な…なんとか」
次第に乗客が騒がしくなる。
「何があったんだ!」
「操舵手は何をやってるんだ!」
「何か大きな影が見えたぞ!」
原因もわからず、乗組員からの説明もないため、乗客は不安と怒りでパニック状態だ。
ようやくアナウンスがあり原因がわかると思ったら、意外な内容だった。
『お客様の中で魔導士もしくは魔法を使える方は、至急操舵室までお越しください』
「エドガー、お前魔法使えるよな。行くぞ!」
「僕なんかで役に立つかな…」
「行ってみなきゃわかんないだろ!」
急いで操舵室に向かうと、もう一人少年がいた。
乗組員が説明を始める。
「今この船はワイバーンの群れに囲まれている。さっきの大きな揺れは、ワイバーンの体当たりだ」
「なぜ? この地域にはいないはずでは?」
少年が聞き返した。
「正確には魔導騎士団が監視しているから入ってこないだけだ。監視網を抜けてしまったらしい。君たちにはワイバーンの討伐を頼みたい」
「無茶です。飛行する相手に魔法を当てるだけでも至難の業ですよ」
エドガーのもっともな指摘に、乗組員も返す言葉がないようだ。
すると、少年が冷静に口を開いた。
「地上の魔導騎士団は何を?」
「馬で並走はしているが、魔導船と距離が近すぎて、攻撃魔法を使えないらしい」
「ようするに、魔導船からワイバーンの群れを離せればいいんですね?」
「できるのか?」
少年はこくりと頷き、ジークたちのほうを見る。
「火属性か風属性の魔法は使えるか?」
エドガーが口を開く。
「僕は火属性なら…」
少年はエドガーの目をまっすぐ見て、真剣な口調で言う。
「当てなくていい。できるだけ高火力の魔法を放て。いいな?」
「わかりました」
エドガーの手は震えだした。
「エドガー、お前ならできる。自信を持て!」
ジークがすかさずエドガーを鼓舞する。
「準備ができました。こちらから外に出られます」
そう言って別の乗組員はエドガーと少年を外へ案内した。
外は風が強く、今にも吹き飛ばされそうだ。
甲板にたどり着くと、少年から指示を受けた。
「いいか? 俺の合図で魔法を放て」
エドガーはこくりと頷いた。
少年が魔法の構築を始める。
―風魔法かな?―
エドガーも魔法の構築を始めた。
「今だ! 放てぇ!」
「大火炎弾」
エドガーの生み出した大きな炎の弾が、ワイバーンの群れに向かって放たれる。
そのときだった。
「グオォオォォォ!」
ドラゴンの咆哮のような音が聞こえた。あまりの音の大きさに、エドガーは耳を塞ぐ。
咆哮が止まるとワイバーンの群れは魔導船から逃げて行った。
魔導船から十分離れた群れに、地上から魔法が放たれる。
「あとは地上の魔導騎士団に任せよう。見事な火属性魔法だった」
「ありがとうございます」
少しのやり取りの後、二人は船内に戻った。
船内に戻ると、ジークが真っ先に近寄ってきた。
「さっきの火属性魔法、お前の魔法だろ? 凄かったぞ!」
「ありがとう。でもワイバーンを追い払ったのは、あの子だよ…あれ? あの子がいない」
「あぁ、あいつならさっさといなくなったぞ」
エドガーは少年の名前を聞きたかったがあきらめた。
「それよりこれは何の騒ぎ?」
「お前を見るために決まってんだろ」
操舵室の外には乗客がこれでもかと集まっている。
「ありがとう」
「命の恩人だ!」
乗客からの感謝の言葉が後を絶たない。
「ヒーローだな。自信ついたか?」
「少しね」
王都に着くまでエドガーは乗客に囲まれていた。
ジークは今回何もできなかったことに悔しさが残ったが、昨日会った時のエドガーとは違う背中が見え、自分も成長しなければと感じた。一方エドガーは、乗客から感謝され、自分が乗客を守ったことで自信が芽生える。
こうして、一波乱あったが無事に空の旅を終え、二人は王都へ到着した。