02.旅立ちの日 後編
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気付くと辺りは薄暗くなっていた。
お昼にシスターの作ってくれた弁当を食べ、うとうとしているうちに、寝てしまっていたようだ。
「お客さん、ダピトが見えてきましたよ」
御者に言われて前方を見ると、町の明かりが見え、にぎやかな声が聞こえてくる。
ダピトは周辺地域で一番大きな町で、夜でも人々の声が絶えない。ジークの出身地であるエールンではありえない光景だ。
馬車を降り、辺りを見回すと、にぎやかな声の正体に気付き、御者に尋ねた。
「今日は何かの祭りなのか? 屋台があんなに並んでいるが…」
「いいえ。あれはダピトの名物で、夜になると街道に屋台が並ぶんです。おすすめは牛串ですね。あれは絶品ですよ」
御者は聞いてもいないおすすめまで教えてくれた。
牛は高くて食べたことがなかったが、シスターから旅費を余分に貰っているので、食べてみることにした。
一本、小銀貨八枚の牛串は、一般家庭には大したことのない額だが、孤児院育ちのジークからしたら、贅沢品である。
牛串を買い、近くの噴水にベンチがあったので座る。
初めて口にした牛の味は、何とも言えないものだった。
驚くほど柔らかく、噛むと出てくる肉汁の美味さは、いつも食べているゴムのような肉と比べると、天地の差だった。
あっという間に牛串を食べ終え、宿探しを始めようと腰を上げたとき、男の怒鳴る声が聞こえた。
「テメェ! どこ見て歩っとるんじゃぁ!」
そう言い、二人組の男が気弱そうな少年を怒鳴る。
「すみませんでした」
少年はやっとの思いで絞り出したかのような小さい声で謝った。
「謝って済むなら衛兵は要らねぇんだよ!」
謝る少年の言葉には耳も貸さず、一人の男が少年に殴りかかる。
少年は目を閉じ身構えるが、拳は当たらない。
恐る恐る目を開けると、同い年くらいの少年が拳を受け止めていた。
「おじさん、どんな理由でも、謝っている相手に殴りかかるのはどうかと思うよ」
「うるせぇ! 部外者は引っ込んでろぉ!」
今度は二人がかりで襲いかかるが、少年に攻撃は当たらない。
逆に男たちは一撃ずつ攻撃を受けた。
「くそっ!」
「覚えていやがれ!」
そう言い残して男たちは足早に去って行った。
それを見て安心したのか、気弱そうな少年はその場に崩れ落ちる。
「大丈夫か? そこのベンチまで肩を貸すよ」
少年に肩を借り、まだ震えている足を引きずりながら、ベンチまで歩く。
少し落ち着いてから、気弱そうな少年は口を開いた。
「さっきは助けてくれてありがとう! 僕の名前はエドガー・アンブローズ。良ければ名前をきいても?」
「俺はジークフリート・エーベルヴァイン。みんなからはジークって呼ばれてる」
「ジークは強いんだね。騎士学生かな?」
「半分正解。来週から総合学院の騎士学生だよ」
「ジークもなんだね!」
エドガーの返しにジークは驚く。
「も?」
「そうだよ。魔導科だけど、僕も総合学院に入るんだ」
総合学院はアースヴァルト王国最古の学院にして、騎士学院と魔導学院に並び、王国三大学院と呼ばれる名門校である。王都からだいぶ離れたダピトで、学院生と会う確率はかなり低い。
「これも何かの縁だよ。お礼をさせてよ!」
エドガーはお礼をさせてくれと言うが、ジークには先にやることがあった。
「いや、これから宿を探さなくちゃいけないんだ。同じ学院生なら学院で会うだろ? そのときでいいよ」
しかしエドガーは食い下がらない。
「まだ宿を決めてないなら、僕の家においでよ。お礼に泊まっていいよ」
ジークは悩んだ。
―初対面の奴の家に泊まるのは…―
「遠慮はいらないさ。あくまでお礼だから」
エドガーは、ジークが悩んでいることを察したらしい。
結局ジークはエドガーの好意に甘えることにした。
簡単に夕食を済ませてから、二人はエドガーの家に向かった。
一人暮らしの家としては少し広い部屋には、布団と袋にまとめられた荷物しかない。
「僕も学院の寮に入るから、明日家を引き払うんだ」
そう言うと、エドガーの表情は少し暗くなった。
「今日会ったばかりの人に話すことじゃないんだけど…」
エドガーはこれまでの人生を語り始める。
十年前、親を流行り病で亡くし、祖父と暮らしていたが、その祖父も一年前亡くなってしまった。
家は家族の思い出があり手放したくないが、祖父の残してくれたお金も無くなり、維持できないため、立ち退かなければならない。
その話を聞いたジークは、少しだけエドガーの気持ちがわかった。
ジークも両親はすでに亡くなっている。
ジークの場合は両親との記憶はほぼないが、形ある思い出を手放したくない気持ちは、十分に理解できる。
「家がなくなったって思い出がなくなるわけじゃない。お前のその気持ちはきっと、天国の親やじいちゃんに届いているさ」
「そうだね。ありがとう」
ジークの言葉で決心したのか、エドガーの表情が少し明るくなる。
「さぁ、寝よう。明日の出発の時間は早いよ」
そう言うと、エドガーは押入れから予備の布団を出してきて敷いた。
二人は布団に入り、お互いのことを話し合い、明日に備えて早めに寝た。
次回、王都へ向かいます!
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