01.旅立ちの日 前編
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「ぶぇーくしょん!」
大きなくしゃみの音が鳴り響く。
いつもより冷える朝、ジークは日課である水浴びをしていた。
「ジーク、朝ご飯できたよ」
シスターの呼ぶ声が聞こえたので、体を拭いてから食卓に向かうと、いつもより豪華な朝食が並んでいた。
「どうしたのこれ?」
「今日は王都へ出発の日だろ? だから張り切って作ったんだよ」
ジークはバルハラにある、王立総合学院に入学が決まっている。ここ、エールンから王都までは、馬車で一日、魔導船で一日かかるため、学院の寮に入るのである。
「別によかったのに。入学祝いはしてもらったし」
「旅立ちの日なんだから、遠慮しないの」
シスターは、ニコッと笑った。
ジークは両親を五歳で亡くし、孤児院で育った。学院のためとはいえ、孤児院を離れるのは、少し寂しい。
旅立ちの日とはいえ、シスターと改めて話すこともなく、無言の時が流れる。
ジークは、豪華な朝食を黙々と食べた。
食べ終わりが近づいた頃、他の子どもたちが起きてきた。ジークと比べると、子供たちはまだ幼い。
「おはよー!」
相変わらず元気のいい挨拶だ。
ジークの周りに子供たちが集まるなり、一番元気な男の子、ニールが口を開く。
「ジーク兄ちゃん! 今日、王都に行くんだろ? お土産楽しみにしてるね」
「こらっ! お兄ちゃんは旅行じゃなくて、勉強に行くんだよ。すぐには帰ってこないよ」
シスターの言葉で、子供たちの表情は暗くなった。
入学が決まった時に、孤児院を出ると伝えたら、子供たちは泣きじゃくった。ジークが孤児院を出たっきり帰ってこないと思ったらしい。
必死の説明で納得してもらったはずだが、いざその日が来ると、悲しくなるのは当然かもしれない。
ジークが今の子供たちの立場であったら、慣れ親しんだ兄が孤児院を出ていくのは、寂しいなんてものではない。
「半年先になるけど、夏休みには帰るから、お土産楽しみにしとけよ!」
子供たちが可哀そうだったので、一言フォローを入れた。
「ほんと!」
「約束だよ!」
子供たちの顔に笑顔が戻る。
やはり子供は笑っていたほうがいい。
「ごちそうさま。そろそろ時間だから荷物を取ってくるよ」
そう言い、四畳ほどの自分の部屋に戻った。
机とベッドを置いただけでいっぱいになる部屋には、思い出もいっぱい残っている。穴の開いた壁、机の落書きなど、一つずつ思い返していると、古い絵本が目についた。長年放置されていたその本は、埃をかぶっている。夢の始まり、『九英雄の物語』
「懐かしいな。何回読んだだろう」
思い出に浸りながら、絵本をパラパラとめくる。
所々折れていたり、切れていたり、何回も読みこんだ跡が伺える。
「ジーク、早くしないと馬車が行っちゃうよ」
シスターの呼ぶ声が聞こえたので、絵本を机の上に置き、部屋を後にした。
見送りは要らないと言ったはずなのに、シスターは馬車乗り場までついて行くと言って聞かなかった。
しかたなく二人で孤児院を出ることにした。馬車乗り場までの道中はやはり無言であったが、到着の直前、シスターが口を開いた。
「寂しくなるね」
意外な言葉にジークは、返す言葉が見つからず、ただ黙っていた。
「私がシスターになって、孤児院を開いて、最初に旅立つ子がジークだからさ、感慨深いなと思って…」
孤児院が新しいことは知っていたが、まさか最初だとは思ってもいなかった。小さいころに、一回り歳の違う子と、遊んだ記憶があるからだ。
「これ、お弁当作ったから、おなか空いたら食べてね」
そう言ってシスターは、弁当箱を渡してくれた。
今更何を言っていいかわからなかったが、感謝の言葉だけは伝えとかないといけないと思った。
「今までお世話になりました。これから三年間しっかりと訓練をして、立派なハンターになって帰ってきます」
「何畏まってんの? ほら、早く行きな!」
ジークは急かされるように背中を押され、馬車へと向かった。
―危なかったぁ。泣きそうになったのばれてないかな?―
シスターは絶対に泣かないと決めていた。ジークの感謝の言葉を聞き、泣きそうになったのを隠すため、咄嗟に背中を押してしまったのだ。
ジークは馬車に乗り込む。この時間に馬車に乗る人はいないのか、荷台には誰も乗っていなかった。
乗り込んで少し経つと、御者がやってきて、間もなく出発した。
馬車の後ろから手を振るシスターが見え、咄嗟に叫んぶ。
「母さーん! 行ってきまーす!」
その言葉を聞いたシスターの目から、大粒の涙が溢れるのが見えた。
それを見たジークは、絶対に泣かないと決めていたはずなのに、大粒の涙を流し泣いてしまった。
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