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第69話 白状


「私はこのオットーと同じ、西辺境の端にあるミュレ村の生まれなんだ。街道からは遠く離れて、土地も荒れ、貧相な作物しか育たない貧しい村だった。それでも、なんとか飢えずに暮らしていくことはできていたんだ。貧しいけど、争いも少ない平和な村だった」


 とつとつと副団長は語りはじめる。

 クロードから解放されたオットーさんも、副団長のところまで歩いてくると頭を項垂れて副団長の話を聞いていた。


「けれど、今から八年前。大変なことが起こったんだ」


 淡々と述べる副団長の言葉に、オットーさんが震えの混ざる声で続ける。


「オラたちの村のすぐ近くに、アレが生えただよ。アレが。……『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』が」


 ぷらんたたるたりかぱろめっつ?

 なんのこと? 聞きなれない単語に私の頭の中はハテナでいっぱいになる。

 けれど、オットーさんの話しぶりからして、とっても恐ろしげなものだというのだけは伝わってきた。


 私にはただそれだけしか分からなかったけれど、フランツとクロードは心当たりがあるみたい。

 フランツはいつになく緊張した声で「まじかよ……」と低くつぶやき、クロードも、


「まさか、前回の出現地が。では、その村は……その。大変な状態になったのでは……?」


 と、言いよどむ。

 それには、オットーさんが首がもげそうな程に何度も大きく頷いた。


「そうなんでさぁ。壊滅なんてもんじゃねぇ。家も田畑も……村ごとアイツらに踏みつぶされて、めちゃくちゃさ。なんとか一部の村人たちは命からがら逃げ伸びたけんども、戻ってみたらどこに村があったのかすらわかんなくなってただ」


 村が壊滅!? 

 でも、その原因が何なのか知らない私は急に話に置いて行かれてしまって。

 慌てて、隣にいるフランツのシャツの裾を、ついついと引っ張る。


「ん?」


「ねえねぇ。そのぷらんたたる何とかって、……何?」


 小声でそう尋ねると、フランツはようやく「ああ、そっか。カエデは知らないのか」と気づいてくれた。


「『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』ってのは、西辺境地域で数十年に一度起こる自然災害みたいなものなんだ。何の前触れもなく突然生えてくるらしいんだけど、金色の羊の実が成るんだってさ」


 んんん? 金色の羊の実??? 

 頭の中には、メーメーと鳴く金色の羊毛に覆われた羊がたくさん成っている大きな木が思い浮かんだ。

 たしかに変わった植物だけど、それが生えるのが自然災害?

 なんとも可愛らしい景色が思い浮かんだ。

 ますますよくわからなくて、眉間にしわが寄ってしまう。


「『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』は非常に強い魔力を持っているんだ。痩せて魔力の枯渇した地にそんなものが生えたら、どうなると思う?」


 クロードに問われて、ムーとさらに眉間のしわが濃くなる。

 んんん……どうなるんだろう。強い魔力のある土地には、魔物が湧きやすくなるんだよね? だから西方騎士団が巡っているのも魔力が強くて魔物が多い土地が多いもの。だから。


「魔物が……たくさん湧く?」


「そうだ。湧くのか寄ってくるのかはよくわかっていないが、とにかくそれが生えると、それを目指して大量の魔物が集まってくる。そして、その実を奪い合うんだ」


「金色の羊さん?」


「正確には、金色の羊になる前の魔力の塊、らしいがな。大体魔物たちに食い尽くされてしまうから、実が羊になるまで残っていることは滅多にないらしい。ただ、その木が生えると押し寄せた魔物のせいで田畑も街も村も人も踏み壊される。しかも問題なのは、その『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』がいつどこに生えるかは、まったく予想がつかないってことだ。西辺境地域のどこかで数十年に一度生えるらしいが、一口に西辺境地域といっても広大だ」


 そ、そうなのね……。それは確かに、自然災害だ。

 大量の魔物が村に押し寄せる様を想像して、怖くなった。震えそうになる身体を両腕で抱く。

 クロードの話はまだ続いていた。


「一応、歴代の出没時期は初夏から秋口にかけての期間だったから、その時期に西方騎士団がここまで来ることは慣習になってはいる。けど、夏の間中ずっとここにいるわけじゃないし、生えたのが確認できたところで西辺境地域は広すぎて被害が起こる前に駆け付けられるとは思えない。実際に八年前に起きたときは間に合わなかったはずだ。俺もフランツも騎士団に入る前だったから、噂程度にしか知らないが……相当ひどい状態だったというのは聞いたことがある」


 そして気遣うような眼差しを副団長とオットーさんに向ける。

 オットーさんは当時のことを思い出したのかクシャっと泣きそうになり、副団長はジッと地面の一点を見つめていた。

 副団長の普段は穏やかな目元が、辛そうに歪む。


「そうだ。西方騎士団は間に合わなかった。地域を統括する領主の領兵たちすら恐れて一人も来なかったんだよ。そして……私たち騎士団が着いた時にはもう、どこにミュレ村があったのかわからないほどの惨状になっていた。私の両親の遺体も結局、見つからなかったよ」


 そんな状態になった故郷を見たとき、副団長はどれほどの悲しみに襲われたことだろう。私には想像することすら、到底及ばなかった。

 皆が、口をつぐむ。

 ただ森を吹き抜ける風だけが、悲しい声で時折ヒューと鳴っていた。

 その沈黙を破ったのも、副団長だった。


「ミュレ村は結局、残った村人たちだけで別の離れた場所に村を再建することになったんだ。でも、もともと貧しかった村だ。魔物たちの襲撃で、わずかな蓄えもすべて失われた。だから、私は私財を投入して村の再建を助けたんだ。でも、それだけじゃ到底足らなくて……」


 副団長はゆっくりと顔を上げると、私を見た。


「カエデ。あとは君が突き止めた通りだ。村を助けるために、自分が騎士団の金庫番という要職にあったことを利用して騎士団の金を横流しするようになるまで、さほど時間はかからなかった。私はずっと、騎士団を裏切り続けていたんだ……」



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